2018年06月23日

描かれたものは・・・家庭内の問題と驚き

家庭内の問題と驚き

 最近観た映画について、感想を少し。
家庭の絆いついて、異なる視点と立場から
アプローチして描かれた作品がありました。

第71回カンヌ国際映画祭最高賞パルムドール受賞作品
万引き家族
MANBIKI KAZOKU (Shoplifters:万引き)
UNE AFFAIRE DE FAMILLE:家庭内の問題

イエローリボン ベスト・ファーザー賞推奨作品
ワンダー 君は太陽
Wonder
Get ready to meet Auggie Pullman.

邦画と洋画、陰と陽、そんな対比ともいえる
作品であった感じでしょうか。

何かと賛否ある万引き家族ですが、
カンヌで、パルムドールを受賞するだけのことは
あるといえるでしょう。
国内の公開でも、受賞直後の公開で、
興行成績も1位になり、興行収入も20億にとどく感じの
大ヒット作品となっています。
今年の邦画実写No.1候補となっている感じですね。
監督は「声を出して呼んで」という題で企画したものが
プロデューサーの意向で「万引き家族」に変わったとのこと
最初の題名の方が、作品の伝えたいことを
はっきりと表しているといえるでしょう。
興行的な意味で、より関心を引く題に変えたのは
ビジネス視点で考えるプロデューサーとしては
ある意味当然なことではあります。
万引きをしているのは、父親の立場にいる男と
少年だけで、少女が少年を真似て万引きしようとする
それを良しと思わない少年の行動が
家族の現実をあらわにすることになるわけです。
血縁の無いお婆さん、夫婦、3人の子供たち
偽りの家族、共同生活している暮らしの様子を
描きつつ、それぞれが抱えている現実を
それぞれの角度で描写していく作品となっています。
血縁のある親子と血縁の無い親子、
本当の親子の絆とは何なのかを問うものとも
なっていたりします。
また、世間の視点が、必ずしも正しいとは言えない
世の中のうわべの常識は、時として虚構でしかない
また、幸せとは何なのかを問う作品でもありますね。
声に出せない少女の叫びが聞こえてきます。
それぞれが叫びたい言葉を出さずに生活している
声に出して叫んで欲しいのに、
そんな作品であるのかなっと感じました。
警察で、世間的な視点からみた事実を伝えられ
3人の子供たちは、どう思ったのか、
作品の最後で3人の子どもたち、それぞれの行動を
描いたカットに、込められているのだと
言えるでしょう。
社会派作品は、カンヌで受けが良いですね。

さて、対するワンダーは、
障害をもって生まれた少年を中心に、
家族と友人との絆と、それぞれの想いを描いた作品です。
ハンディキャップを乗り越えて
修了式で賞を受け取ることになる少年。
両親の愛、姉の愛、姉の親友との関わり、
学校での出会い、いじめ、そして、友情と絆、
その一方には、
子供の想いを感じられない両親もいる。
感動ポルノだという批判もあったりするようですが、
純粋な愛と絆、障害を乗り越える勇気と努力、
そういった人間の姿を描くことを
ポルノだと批判するのは哀しいことだなっと
感じます。

この2作品、実は、
共通したものがあったりします。
それは、おばあさんと娘の絆を描いた部分です。
娘の悩みを聴き、支えとなってくれた存在が
おばあさんです。
おばあさんとの絆が、少女を支えていたのは
2作品に共通する部分であると言えるでしょう。
やはり、家庭の理想は、
三世代同居にあるのだろうと言えるのかも
しれませんね。

邦画と洋画で、家族愛について
描いた作品が、同時期に公開されるのも
なにかの縁なのかもしれません。

どちらも、家族と絆について
考えさせてくれる作品です。

閑話休題

さて、もうひとつ別の作品について
感想を
「羊と鋼の森」
という実写邦画作品です。
ピアノという楽器の魅力を描いた作品です。
森が多くの木でなるように
数多く・・・88の
羊毛のバチで、鋼の太鼓を叩くことで
響く音のハーモニー
それが、ピアノ。
森の中、自然の音色と空間に響くもの
ピアノが奏でる音色に、
その魅力を感じた少年は、
調律師の道を歩んでいく、
調律師として成長していく少年の姿を
描いた作品です。
この作品でも、おばあさんの存在が
ひとつのキーとなっています。

ピアノって打楽器のオーケストラなのですよね。
鋼を羊の毛で叩くことで出る音の
ハーモニーなわけです。
鋼の張りと羊の毛の硬さ、
打点の深さ、鍵盤の重み、
奏者のイメージと、会場の響きに合わせて
数多くの部品と金具を調整していく
調律師の感性と技の素晴らしさ。
感じて欲しいと思います。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 09:36| 静岡 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月09日

第1回ITC多摩勉強会「利益最大化への取組み/ITC新ビジネス元年」

第1回ITC多摩勉強会「利益最大化への取組み/ITC新ビジネス元年」
「マーケティングの切り口から中小企業の未来を支援!、
 ITツールによるデータ活用で中小企業の営業力強化を!」

日時:2018年6月9日(土)
場所:「たましん事業支援プラザ(Winプラザ多摩センター) RoomA」京王プラザホテル多摩 3階
内容:
第1部 新会長挨拶 理事紹介
第2部 新会員紹介
第3部 ITCが企画・実現「ものつくりツール展示会」報告(ビジネス実践研究会)
 株式会社東京IT経営センター ITコーディネータ 田中 渉 様
 ITC自らが提案営業し、実現したIoTツール関連の展示会での専門家支援、
 どのようなアプローチで営業したか、そのプロセスを紹介いたします。
第4部 独立の軌跡と「マーケティング」の切り口から地域の中小・中堅企業の未来を考える
 一般社団法人 地域マーケティング経営推進協議会 理事 村上哲也様
 私の独立の軌跡と、我々の社団法人のできることをご紹介いたします。
第5部 SFA「Ecrea」だからこそ可能な中小企業の営業部門におけるデータ活用と営業力強化
 株式会社エクレアラボ 取締役 大川 直哉様
 営業部門とITツールのあるべき姿について、
 約200社への導入体験に基づいて説明致します。
第6部 ITCお役立ち情報「サイボウズLive難民を救え」
 ITコーディネータ 小此木 敦様 ITコーディネータ 桑名真理子様
ITC多摩協議会からのご連絡

===============
〜聴講メモ〜
−−−−
コンサルティングビジネス
オンリーワンの時代へ
ロイヤリティマーケティング 尖る
NPS:NET Promoter Sore 推奨者率−批判者率
NRS:ネットリピータースコア リピーター率−離反者率
−−−−
SFA「Ecrea」だからこそ可能な
中小企業の営業部門における
データ活用と営業力強化
課題(ニーズ)を解決するためにSFA導入する企業は増加している。
1990年 紙の営業日報のかわり
2000年 ワンイップット多分析
    他システム連携
    外出先からの入力
2010年 名刺入力、自動顧客管理
    案件管理
導入しても使われていないケース
1位:営業マンが入力しない
2位:日報などの報告レベルの運用にとどまっている
3位:やりたいことができない
SFA導入にあたり、
マネジメントの向上、ITリテラシの向上が必要なケースあり
そこも含めた支援が必要。
IT導入補助金:100万の半分が補助でる。
 セキュリティ宣言
 おもてなし認証
−−−−−
サイボウズLiveの代替は?
・データのエクスポート
・他の製品への移行
 サイボウズの有償サービス
 サイボウズOFFICE  月額500/ユーザー
 サイボウズ「チーム応援ライセンス」 年間9900円。
  サイボウズOFFICEプレミアムコース、Kintoneスタンダードコース
  利用要件:NPO、任意団体
・置き換えツール七選
 ChatWork
 Slack
 Stock
 R-GROUP
 Zoho Connect
 GRIDY
 GroupSession
・どの機能を優先させるか?
 ファイル共有、グループウェア全般、
 コミュニケーション、モバイル対応、
 無料で、データ移行
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posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 16:24| 静岡 ☀| Comment(0) | ITコーディネータ・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

世界平和と宗教の和合・・・


世界平和と宗教の和合
第九回統一神道研究会講演会に参加して

2018.6.3
統一神道研究会の主催による講演会の講演を聴講しました。
世界平和を考えていくにあたって、
宗教に関わる問題を避けることは出来ません。
宗教の本来の教えに立ち返るのであれば、
争いなど起こるはずもないのですが、
世俗にまみれて、欲に溺れたり、傲慢になったり
慢心したりと、利己的な心に陥ることによって、
相手のことをきちんと神の視点からみることが出来なくなって
しまっていることが、多くの問題の根底にあると
いえるでしょう。
一神教の中での対立は、歴史的な恩讐もあるために
神のもとで、恩讐を越えていくことが出来ない限り
平和な世界を築くことは難しいといえるでしょう。
どの神を信じるのか、経典は、教祖や開祖は、
といった違いに焦点をあてるのではなく、
神という目に見えない存在を信じるという信仰心、
そして、神からもたらせれた叡智の中にある
平和への道に関連する共通点にこそ注目して、
お互いに認め合い敬愛と謙譲の念をもって
尊びあうことこそが、大切であり、
本来の信仰のあるべき姿に近いといえるでしょう。
宗教の和合を目指す活動は、
それぞれについて知ることも大事です。
日本人は、信仰心を戦後、どんどん失ってきました。
そして、宗教に対しても、なぜか避けるような風潮が
多くなってしまっています。
しかし、その一方で、ファンタジーな世界や
目に見えない存在については、多くの人が関心を
もっていたりもします。
日本人の祖先が信仰していた神は、神道の中に
その本流があり、大陸から入ってきた
大乗仏教、儒教、道教が融合して、
社会のあり方、生き方をしめすものとなってきたわけです。
八百万の神という自然信仰、シャーマニズム的なものが
本流にあるともいえるでしょう。
神道を含む日本の宗教を、
一神教の視点から観た時にどう見えるのか、
どの様な解釈が存在するのか、
そんなアプローチについて、学ぶ機会でもあり、
世界の宗教者の和合と、宗教界からの世界平和への道を
進めている活動について、知る機会でもありました。

多くの宗教の異なる要因は、
神の定義の違いになると感じています。
そして、目に見えない存在を、どのように定義するのか
ということの違いもあるかと思われます。
そして、その違いの中で、
中心となる神が何であり、
その神から示された教えの中心が
何であるのかということの違い
それは、人生をどう定義するのか、
この世界の存在意味と、この宇宙の存在形態を
どのように捉えるのかの違いであるといえるでしょう。
同じものも、異なる視野、異なる視点からみたときには
少し違った姿に見えたりするものです。
宗教の差とは、そのようなものでもあると感じます。

神様は、人々の魂の成長にあわせて、
必要になる教えを授けられているのかもしれません。
それ故に、数多くの宗教が存在しているのだといえるでしょう。
カーストがなぜ必要になったのかという経過と
多くの宗教が必要になった経過は、
根本的に同じものであると感じます。
この世にて、どの様な霊性修行をするべきなのか
カルマの解消について、もっとも適切なる環境を
与えているということになるのでしょう。
そして、それぞれに最適なものは、多様であるが故に
多様な人種、言語、文化、宗教、国家が、
生まれてくるようになっていったのだということでしょう。
であるならば、その元になる神々の教えにおいては
当然、共通なるものがあって当たり前であり、
また、誰もが、自ら悟ることができるレベルになるのであれば
この世における区別された環境は、その価値を失っていくと
いうことになるでしょう。
それぞれの宗教は、それぞれに神によって
示された教えを伝えています。
それは、それぞれに尊く、敬愛され、大切にされるべきものです。
異なるものなので区別はすることになるでしょうが
差別されるべきではなく卑下されるべきでもありません。
互いに認め会い、この世界のために、神の願いを
実現すべく努力していくのは、あるべき姿に違いのでは
ないでしょうか。

そのためには、まず、神という存在を認めることが必要です。
目に見えない存在が、確かにあるという事実を受け入れること
そして、目に見えない存在は、様々なものがあり、
人は、この世に生まれて、やがて逝くことになるものの
逝くということは、この世から別の世界に行くということであって
いなくなるということではないという事実を
認識することが必要になるでしょう。
唯物論が大いなる勘違いであって、誤りであるという事実と
向き合う必要があるでしょう。

さて、日本に生まれたことは、
日本ですべきことがあるということです。
日本人として生まれることが、霊性修行に必要であったと
いうことになるわけです。
ですから、日本の神々について、学ぶことは
日本に生まれたということの意味を知ることでも
あるといえるでしょう。
神道、仏教、儒教を軸として、長い歴史を
歩んできた民族が日本人です。
神道、仏教、儒教について知ることは、
日本人の基礎教養であると言えるのではないでしょうか。
古事記、日本書紀などの日本の始まりを語る書物や
万葉集、古今和歌集といった日本の文化の源流に関わるものは
義務教育でしっかりと学ぶべきものであると感じます。
文部科学省、教育機関、教育者の皆さんにおける
大きな課題であると言えるのではないでしょうか。
日本は、戦後、戦勝国による弱体化政策のために、
戦前の良い面を失っていきました。
その意味では、戦前の良い面を取り戻さない限り、
日本の戦後は終わらないのかもしれません。
日本の良い面は、やはり、神道、仏教、儒教の教えによる
部分に多くあったと思われます。
故に、海外に比べて過剰ともいえる政教分離が行われました。
行き過ぎな政教分離は、政治と国民との乖離を生み出します。
今の日本の状況はまさにそんな状態であるといえるでしょう。
政治は宗教を上手に活用すべきです。
ただし、宗教は政治に過分な口をだすべきではありません。
求められたら答える程度で良いのです。
そういったあたりを考えていくためには、
やはり国民の意識レベルが問題となることでしょう。
日本国民が、信仰心を取り戻していくことが、
日本の未来のためには必要であると言えるということです。
それが、日本のスピリチュアル的な加護の強化につながり
スピリチュアル的な要因で発生している問題の減少へと
つながることになるでしょう。

さて、世界平和は、誰もが望む理想です。
それが間違いであるという人はいないでしょう。
世界平和のためには、何が必要なのでしょうか、
それは、やはり、人々が、互いに認めあうことが
できるということが前提であると言えるでしょう。
文化や習慣の違いを認め合うということが
多様性を認めるということであるわけです。
宗教的な理由での争いは、本来存在すべきものではありません。
それを実際に具体的に無くすためには、
やはり目に見える平和の活動が必要となるでしょう。
なぜなら、多くの人は、目に見えることでなければ
理解することができないし、受け入れることも難しいからです。
世界の宗教者が、互いにその違いではなく
共通点を見出して認めあい、差別するのではなく区別して
お互いを尊敬し、お互いを認めることが、
大事なことになるということです。
そういった活動が、今、世界では行われています。

この世界がより良きものとなるように
多くの皆さんに、理想を語り、そこに向かうために
なされていること、その活動を知って欲しいなと感じます。

私は、ヒンドゥーでありブッディストでありクリスチャンです。
お釈迦様の教えを学び、信仰心をもって歩んでいます。
天宙がどうなっているのか、人の存在と生きるとは
どんな意味なのか、など、他の宗教とは異なる価値観を
もっている部分もあります。
しかし、他の宗教が間違っているとは思っていません。
それぞれに必要であり価値あるものだと思っています。
私にとって必要であるものかどうかの違いでしかないと
いえるでしょう。

区別すれでも差別せず。
これは重要なことであると言えます。
それを惑わすようなものが、この世には溢れています。
それは、神の願いを阻害したという存在もまた
この世にはいるからであるということでもあります。
心を平安にして、冷静な心で、情報は情報として
捉えていくことが必要となると言えるでしょう。
感情に踊らされることがないようにしていくことが
正しいものの見方へと繋がっていくのだと思います。

宗教について、
信仰について、
そして、日本における宗教と信仰、
世界における宗教と信仰について
考える良い機会であったと感じました。


−−−(聴講メモ)−−

講演「明治維新で復活し、再び消された、日本民族の唯一神」
講師:小島徹郎氏
(出雲井晶「日本神話の心」伝承の会幹事)

 世界、天宙の唯一神の解放、日本民族の唯一神の解放、
 アマテラス以前の神、
 天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神
 三柱の神はみな独り神成り。
 日本国誕生の時にアマテラスが国家神に、
 その前は、タカミムスヒが国家神。
 ヤマト王権時代、あまのみなかのぬし、即位勘定
 天之御中主神、アマテラス、天皇をどうとらえるかの違い。
 国家神道時代における造化三神論、八神奉斎論
 大教宣布運動、祭神論争
 大日如来と阿弥陀如来
 國常立尊と天之御中主神
 デウスと大日如来
 GODとハナニム
 八咫烏と三足鳥
 大本教の万教同根、生長の家の万教帰一
 日月神示 黒墨−金剛−天理−大本
 アッラーと天之御中主神
 GODと天之御中主神
 天之御中主神とアマテラス

−−−−

特別講演「超宗教指導者会議報告と今後の方向性」
講師:石丸志信氏 世界平和宗教連合会長

 1985.11.15-21 USA ニュージャージー
 85カ国 660名
 第一回世界宗教会議
  「古典的遺産の回復」
   基調講演「対話と連合」

 1990.8.11-20 USA サンフランシスコ
 70カ国 500名
 第二回世界宗教会議
  「青年と社会への宗教的遺産の伝達」
  基調講演「真の愛の伝承と伝統」
  「世界平和宗教連合」設立提唱

 1991.8.27 ソウル
 世界平和宗教連合の創設 記念大会
  「平和世界のための宗教の使命」
  「世界経典(WORLD SCRIPTURE)」の出版

 1992.8.24-31 ソウル
 第三回世界宗教会議
  「宗教と世界平和の創造」
  基調講演「新文化創建と宗教の役割」

 2017.11.10-14 ソウル
 Interreligious Leadership Conference 2017
http://www.upf.org/upf-conferences/interreligious-leadership-conferences/7739-interreligious-leadership-conference-2017-schedule
 主催:UPF、ACLC
 70カ国 400名
 200名ACLC牧師、200名宗教指導者(日本:宗教者8名、学者4名)
 2017.11.11 8万人大会

−−−−
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 15:50| 静岡 ☀| Comment(0) | 科学・文明・学術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月01日

五戒について

五戒について

お釈迦様の深い教えは、日本には残念ながら
伝わってきていないものの
お釈迦様の教えの基本となるものは
大乗仏教として中国経由で日本にも
伝わっているものはあります。
その基本中の基本が、
「在家の五戒」
の教えです。

これは、在家とあるように
出家したお坊さんはもちろんのこと
檀家の皆さん、信者の皆さんも守るべきものとして
伝えられているものであるわけです。
仏教の基礎中の基礎といえるかもしれません。

その五つの基本であっても、
しっかりと守ることができる人が少ない社会に
平安があるわけもないのかもしれません。
また、守れないということは、
カルマを積むということでもあったりします。
地獄の深い方に逝きやすくなってしまうと
いうことになるわけです。
カルマを多く積んでしまうと、
死後、地獄でも深い地獄にいかなければ
ならなくなってしまいます。
そうならないためにも、
五戒は守って生きていくのが善いでしょう。

不殺生戒(ふせっしょうかい)
- 生き物を殺してはいけない。
殺すことに関与してはいけない。

不偸盗戒(ふちゅうとうかい)
- 他人のものを盗んではいけない。
盗みに関与してはいけない。

不邪淫戒(ふじゃいんかい)
- 不道徳な性行為を行ってはならない。
邪な想いを抱いてはいけない。

不妄語戒(ふもうごかい)
- 嘘をついてはいけない。

不飲酒戒(ふおんじゅかい)
- 酒を飲んではいけない。

善き人として、守るべき基本が、
この教えには含まれていると言えるでしょう。
お釈迦様が御生れになる10万年前に
神様からお釈迦様の降臨が告げられたとき
お釈迦様の傍で学ぶことが出来る者の
条件として、五戒を守って生きたものであることが
告げられていました。
この世で五戒を守って生きることは、
正道であり、霊性修行の王道であると
いえるでしょう。
お釈迦様の教えが広がって欲しくない存在は
五戒が守れないように誘惑してきます。
いろいろと守れない言い訳を教授してくるのです。
守らなくても大丈夫な理由をつくりだすように
誘導してきます。
嘘は言わずに、でも嘘を思い起こさせるように、
惑わしてくるわけです。
五戒が守れないときの言い訳の全てが
まさに、そのような誘導から生まれた理屈であり
真理から離れたものであるわけです。
聖者と呼ばれるようなレベルの方々は、
普通に生活していて、五戒を守っているレベルと
なっています。
自然に身についているということです。

日本にいると、なかなか守れないものは、
不飲酒戒と
不殺生戒といえるでしょう。
日本は、それほど次元の高くないスピリチュアル的な存在や
エンティティといった存在などと交流してきたため
お酒好きなエンティティにお酒を捧げたりしてきました。
海のある国ということで魚を殺すことも多いです。
また、明治維新後は西洋化の流れのなかで
肉を食べることも多くなってしまいました。
殺処理された死体を食べるのは殺す原因となっていると
いうことなのです。
この3つの戒を守れないためにカルマを積んでいます。
日本に生まれたこと、
五戒を守れないような環境に生まれたことも
過去世におけるカルマのためだといえます。
したがって、カルマ解消のためには、
努力と苦労が必要となるのは仕方のないことです。
出来なければ、カルマを増やして来世で苦労するだけです。

日本仏教が、お釈迦様の教えが伝わっていないと
いわれてしまうのは、出家していない人でも
守るべきだとお釈迦様が教えてくださっている
五戒すらも守れていないことが理由であるともいえるでしょう。

生活習慣としての基本、
禁酒、ベジタリアンは、当然のこととして、
他人のものを盗まないのも当然であり、
不純な性行為についても当然であり、
嘘をつかないのも当然ではあります。
私も、なんとか守っているかなと
いったところでしょうか。
でも、人生の歩みとしては
まだまだ足りないところばかりです。

ひとりでも多くの人が、
お釈迦様の教えに耳を傾けて
人生をより深く豊かなものにしていけるように
できることを願ってやみません。

今世における霊性修行において、
五戒を守ることは初級以前のレベルといわれます。
五戒を守って、その先に進むのであれば
より善き来世があるでしょう。
では、何を為すのがよいのか、
それについてもお釈迦様は教えてくださっています。
それを学ぶかどうかも、また、
ひとりひとり、自分自身で決めていくことなのです。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 23:51| 静岡 ☀| Comment(0) | コラム:神の叡智から学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

禁忌について

禁忌について

禁忌、タブーという言葉に対するイメージは
現在の日本社会においては、都市伝説と同じようなレベルに
陥ってしまっているような感じがします。
正しく理解できていない方が大半ではないのでしょうか。
それは、人々が信仰心や畏敬の念を
持つことがなくなってきていることでもあるのでしょう。
それは、社会として悪い方向に向かう予兆であり、
不幸がより多くなっていく流れでもあります。
また、利己主義、個人主義の比重が高くなって
相手を思いやったり、利他の心で接したりすることが
出来なくなってきているということでもあるでしょう。
その結果は、霊性修行どころか、地獄への道と
なってしまっていることでもあります。

ネットで、禁忌について、和のこころを踏まえた上で
書かれていた方がいらっしゃいました。
とても良いことだなっと感じました。

日本のタブー(禁忌)
https://wajikan.com/note/taboo/
女人禁制と女の穢れの関係
https://wajikan.com/note/nyoninkinsei/

しかし、その内容については、
それなりの解説ではあるのだけれど
本当に大事な部分の説明がないのが残念でした。
この様な情報をネットに公開するような方でさえ、
深い叡智について学ぶことが出来ていないのが
日本の現状であるのだなっと感じたのでした。

この解説のなかでは、
禁忌については、3つのパターンがあると説明されていました。
大雑把に言えば、
1.不作法となるもの
2.損になるものという日常の生活上の知恵
3.精霊崇拝と神道的信仰からくるもの
となります。
1と2は、儒教的な礼節や慣習、日本の礼儀作法に関連する知恵、
生活の知恵といったものが、忘れてはならないこととして
禁忌として伝えられているというものとされています。
3については、あまり内容について触れられていませんでした。
女人禁制の方で、仏教伝来と広がりの中での
日本古来からの女性リーダー中心から男性中心への変化の歴史と
あわせた形での説明の中で少し関連することに
触れられてはいましたが、信仰心という視点と
スピリチュアル的な存在についての視点からの説明は
ほどんどありませんでした。
また、仏教についても、日本に伝来してきた仏教が
本来のお釈迦様の教えとは異なる部分が多い
ヒンドゥー的な部分が中心となった大衆向けに
変遷した大乗仏教であり、しかも中国文化のフィルタを
通って更に変化したものが伝わっているということ
そのために、大事な部分で欠落しているところが
多くあることを知っていたら、説明が変わるだろうなと
感じるような内容でした。
そして、残念なのが、女人禁制について伝統という言葉を
つかって括ってしまっているところです。
女人禁制や入山禁制、神官以外立ち入り禁止などの
禁忌は、伝統ではありません。
長い間継承されてきたから、伝統として見えるだけです。
その部分を勘違いされている方が非常に多いのが
残念でなりません。
本当の禁忌は、神事であり、スピリチュアル的なものです。
そして、人を守るためのものです。
人を守る知恵であるといえるでしょう。
大相撲の土俵が女人禁制なのは、
土俵が神事によってスピリチュアル的に特別な空間と
なっているために、女性が立ち入ると
そのスピリチュアル的存在によって、
その女性に悪いこと(日本的には神罰ともいう)が
起こることがあるために、
女性は入らない方が良いということを知恵として
もっているということなのです。
したがって、伝統とは無関係です。
神事をおこなっていない土俵であれば
女性が入ってもまったく問題はありません。
当然、禁忌の中には男禁制ということもあります。
また一般人禁制ということもあります。
それぞれに、そのエリアにおける目に見えない存在に
対する無礼とならないように、
怒りをかって、悲惨なことにならないように
人を守るために示されている知恵なのです。
すなわち、リスクヘッジであり安全対策ということです。
禁忌は伝統ではなく、まさにリスク安全対策の知恵だと
いえるでしょう。
実際、禁忌を破って、最悪のケースで
神隠しと呼ばれるようにこの世界から消えてしまったり
事故や病気などで死んでしまうこともあります。

唯物的な考え方しか出来ないみなさんは、
迷信という言葉を使って否定するのでしょう。
しかし、それは利己的な欲望のための方便でしかありません。
もしかしたら、悪魔やバッドスピリッツに
コントロールされて、そう思わされているのかもしれません。

日本民族は、古来から自然と深く関わってきました。
その中で、自然の声を聞き、
自然の中のスピリチュアル的な存在の声を聞き、
それを知恵としてきたわけです。
それは、とても貴重で価値の有る知恵です。
禁忌は、まさに、そんな知恵のひとつです。
祖先から受け継がれている大切な知恵を
忘れていくことは、大きな損失であり、
とても不幸なことであるといえるでしょう。
禁忌について考えるとき、
それを、どのように考えるのか、
それは、みなさん、一人ひとりが、
自分自身で考えるべきことであり、
誰からも強制されることのないことです。
ただ、
そのアプローチの仕方で、
人生は変わっていくことでしょう。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 23:50| 静岡 ☀| Comment(0) | コラム:神の叡智から学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本人の信仰と宗教について

日本人の信仰と宗教について

 日本の仏教は、まさに日本仏教といってよい
特殊な変遷を経たものとなっています。
先だって、NHK番組の歴史秘話ヒストリアにて

奥深いニッポンの信仰心
http://www.nhk.or.jp/osaka-blog/historia/298556.html

という内容の放送がありました。
神仏習合の“封印”を解き明かしたと題するものでしたが
番組内容はあまり信仰心のあるとは思えないものでした。
神事に対する扱いを、もっと信仰心をもって
畏敬を忘れないで番組作りをして欲しいなと感じました。
おそらく、製作者、制作者ともに信仰心が薄いのでしょう。
非常に残念なことだなっと感じました。
日本の信仰の基本は、神道にあるわけですが、
その源流は、自然崇拝からきているわけです。
シャーマニズム的なものであったといえるでしょう。
女神も多く、司祭も女性が多かったのは、
日本に住むスピリチュアル的な存在の嗜好によるもので
あったのかもしれません。
日本における神は、スピリチュアル的な存在全てを
さすものであったわけです。
エンティティや妖精や妖怪といったものまで含め
目に見えない存在や、強い力をもった存在は、
すべて神として畏敬をもって対していたのが
日本人の信仰であったといえるでしょう。
八百万の神とは、まさに日本人の信仰感の基本と
なっているということです。
大陸から大乗仏教が伝わってきたとき
仏もまた目に見えない存在であったので、
何の違和感もなく、八百万の神の中に
受け入れることが出来たはずです。
番組では、政治や宗教によって、取り込みが
行われたという部分をフォーカスしていましたが
日本に大陸から伝わってきた教えとしては、
主流は中国の教えと中国経由での教えであったわけです。
儒教と大乗仏教が、大きなものであったといえるでしょう。
共に、日本の社会にとって、違和感のあるものでは
なかったといえると思います。
大和朝廷は、この教えを統治に使うことで
人心を掌握し人々と導いていくことが出来ると考え
取り入れていったことになります。
よりわかりやすく民に伝えるために、
番組で紹介されていたように、仏を八百万の神に
取り入れていったということです。
大乗仏教で伝わっている仏の多くは、
ヒンドゥーの神々であったりするので、
ヒンドューの神々の化身としてお祭りされている
仏様や神様も数多く存在しています。
番組の中で、神と仏の違いについての下りが
ありましたが、あまり意味のないものでした。
実際、本当に深いレベルでは、違いはないのですから。
表面的な違いは、信仰とは関係のない宗教的部分に
よりものであったりするので、気にすることは
あまりありません。
どの様な神でも仏でも、目に見えぬ存在に対して
畏敬の念を忘れることなく対することが
大切であるということなのですから。
日本には、お釈迦様の教えはほとんど伝わっていません。
大乗仏教が、大衆向けにインドでの教えの初心者向けの部分を
整理したものであるために、多くの内容が
ヒンドゥーの内容であったりしています。
また、原典のサンスクリット語の音を漢字にあてて写したため
漢字を表音文字として使ったことで、
その内容を漢字を表意文字として読み取ってしまって
まったく異なった内容として学ぶようになってしまったものが
数多く存在しているために、本来の意味が伝わっていないものが
多くなってしまっています。
その代表的なものが般若心経であったりします。
本来は音をサンスクリット語として訳すべきなのですが
多くが、漢字をそのまま訳しています。
もちろん、音あてした人が、本来の意味に近い漢字を
選んでいるので、それなりの意味にはなるのですが、
正しい意味にはなりえません。
ただ、その解釈は、お釈迦様の教えではないとしても、
その後の高僧の教えではあるので当然尊いものです。
日本に大乗仏教が伝来した当時は、大乗仏教として
しっかりとした内容のものであったのですが、
日本仏教は、だんだん本来の姿を失っていきます。
それは、神仏習合によるものということではないと
私は思っています。
一つ目の劣化点は、江戸の寺社奉行制度導入によるものであり
二つ目の劣化点は、明治維新の廃仏毀釈、西洋化政策によるものであり
三つ目の劣化点は、戦後の唯物個人主義教育によるものだと
思っているからです。
この変化は、そのまま日本の霊的レベルの低下にも関わっています。
NHKの番組では、神仏習合と神仏分離(廃仏毀釈)を扱っていました。
ただし、その視点は西洋学術的な俯瞰でしかなく、
本質に迫るようなレベルのものではなかったといえるでしょう。
しかし、それは番組の性質上、そうなったのだと思いますので
仕方のないところです。
日本人は、昔から受け継がれてきた大事なものを
形式だけを受け取って、その背後にある深い意味について
目を向けることをやめるようになってしまっています。
それは唯物個人主義教育の影響抜きではあり得なかったでしょう。
お祭りや年中行事には、神仏的な意味が背景にあるものです。
その部分の深い知恵に、もっと目を向けていく必要があるでしょう。
そうしないと、形式だけの継承はやがて廃れていってしまい
消えていってしまうことでしょう。
神道的な意味、大乗仏教的な意味、儒教的な意味、
それらの信仰的な部分に、スピリチュアル的な意味や価値が
伝わっていること、そして、そこに日本人の心のあり方の
源流があることを忘れてはならないと思います。
大乗仏教、儒教、道教が日本に伝来したころ、
聖徳太子、天武天皇をはじめとした大和の知恵者が、
その教えを取り入れていきました。
良いものは取り入れるというのは善き姿勢だと思います。
日本仏教は、大乗仏教から変遷してきたわけですが、
大乗仏教は、ヒンドゥー教にお釈迦様の教えを少し混ぜたものなので
ヒンドゥーの神々が多く日本に伝来することになりました。
また、残念なことにお釈迦様の教えは、
日本に正しく伝来することはありませんでした。
とくに、サンガという重要な部分については、
まったく日本には伝わっていないことは良く知られているところです。
そのため、仏法僧というものは正しくは存在していません。
サンガが無かったのですから。
出家者が在家の五戒も守れないようになってしまっているのも
日本仏教が、お釈迦様の教えから遠くなっていることのひとつです。
戦前までは、日本人は、あなたは何を信仰していますかと
問われたら、神様とか、仏様と答えたことでしょう。
宗教は何かと問われたら、神道、仏教と答えたことでしょう。
戦後を経た今、多くの日本人が、無宗教と答える状況に
日本の霊格は堕ちています。
神社にお参りし、お祭りを祝い、お盆に先祖を敬いうという
宗教儀礼に参加しているのに、無宗教と言うのは、
おかしなことなのですが、それをおかしいと思わないレベルまで
慣習と慣例から、本来の意味が失われてきているということです。
信仰を持つ外国人から見たら理解できないおかしいと思われるのは
当たり前なことです。
物質的な豊かさの代償に、
日本人は大事なものを失っていっているといえるでしょう。
その結果、多くの社会問題が発生してきているのだと思われます。
自然を大事に思い、見えない存在に畏敬の念をもち
祖先を敬い感謝し、家族の絆を大切にしていた日本人の心、
その精神は、日本人の信仰心に基づいたものでした。
信仰心を失っていくなかで、心も失われてきたと
いえるのではないでしょうか。
戦前のすべてを否定してきた戦後教育は、
大きな過ちであったことは明白です。
戦前の反省すべき点、悪かった点のみを改善して
戦前の善き点をしっかりと継承することこそが
大切であったといえるでしょう。
いまから、それを取り戻していく必要あるということです。
どんな宗教であるかは、関係ありません。
目に見えない存在に対して、しっかりと向き合い
畏敬の念をもって対することが出来る心を
取り戻していくことが大事なのです。
そして、日本の文化、伝統、慣習などに残されたものの
本質を学んでいくことが、祖先への感謝と敬愛となると
いえるでしょう。
日本仏教もまた、江戸以前の開祖の頃の在り方を
省みて、原典回帰していく必要があるように感じます。
行き過ぎた政教分離も変えていく必要があるでしょう。
スピリチュアル的な面へのアプローチが
より大切になっていくことでしょう。

低下してきた日本の霊格がこれ以上堕ちることのないように
するためには、日本人の心に信仰心がもどってくることが
必要になります。
そのことを、ひとりひとりが考えていくことが
人生の価値を高めていくことに繋がっていくことでしょう。
そして、社会がより善い環境へと変化していくための
土台となっていくことでしょう。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 23:49| 静岡 ☀| Comment(0) | コラム:神の叡智から学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月20日

外国で知られている日本人

外国で知られている日本人

2018年5月19日放送のテレビ番組で
外国での街頭アンケート調査の結果を
ランキング発表していました。
海外で知られている日本人は
どんな皆さんなのか?
なかなか興味深い内容です。

地球アンケート
タイ
あなたの知っている日本人は?
1位 小堀(クーカムの主人公)
2位 AKB48
3位 蒼井そら(タレント)
4位 佐野ひろ(タイの番組のリポーター)
5位 X JAPAN
6位 中田英寿(サッカー)
7位 山下智久(ジャニーズ)
8位 青山直晃(サッカー) タイ・リーグ優勝の立役者
9位 MAKOTO (ルシファー) 少女マンガ実写化の主役
10位 山田長政

地球アンケート
タイの人が行きたくなった都道府県
1位 北海道
2位 佐賀
3位 大阪

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地球アンケート
南アフリカ
あなたの知っている日本人は?
1位 香川真司(サッカー)
2位 本田圭佑(サッカー)
3位 錦織圭(テニス)
4位 安倍晋三(首相)
5位 岡崎慎司(サッカー)
6位 宮崎駿(アニメ監督)
7位 鳥山明(漫画家)
8位 渡辺貞夫(ジャズ・ミュージシャン)
9位 中邑真輔(プロレスラー)
10位 五郎丸歩(フットボール)

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posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 09:47| 静岡 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする