2010年04月27日

本の持つ魅力と本の伝えるもの

 日本人は、昔から、読み書きそろばんを手習いとして
庶民も少し裕福であれば、寺子屋などで学んできました。
江戸時代、世界でもっとも進んだ都市であったわけですし
かわら版といった書による楽しみが、庶民文化のなかに
あったりするのは、当時の世界のなかでもかなり凄いことで
あったりするわけですが、あまりそこのとを日本人が
意識することはなかったりします。

 1897年-明治30年4月27日、帝国図書館が開館します。
ということで、4月27日は、
 国会図書館開館記念日ということだそうです。

図書館という施設の数、書店の数、出版される書籍の数は、
この頃から、世界をリードしていくような規模に
なっていっているのではないのかなという気がします。
 日本という国の出版文化は、世界的にみても非常に
高度に進んでいるといえるのではないでしょうか。
海外で、日本のようにベストセラーになる本が多数、
出るような国は、どのくらいあるのか、
どこかで、そのあたりの比較できる情報があれば、
見てみたいという気がします。
 本は、いろんなものを伝えてくれます。
本との出合いにより、新たな発見や、変化があったりもします。
小説けでなく、マンガや絵本、専門書や、解説書など
いろんな本があり、いろんな内容があり、
いろんな情報があります。
もちろん、本の伝えるものには、限界もあります。
著書の考えをすべて伝えることが出来るものではありません。
また、書き手の伝えたいことが、正しく読み手に
伝わるとは限らないのも事実です。
正しく深く伝えるためには、直接、言葉を交わし、
生活するしかなかったりします。
弟子入り、修行といったことが必要なのは、
本当に正しく深く、師の教えを学ぶ為の方法は、
それしかないからだと言えるでしょう。
イエスもブッタも、直接伝えなければ、正しく伝わらないと
知っていたから、何の書物も残すことはなかったといえるかも
しれません。ゆえに、本は読み手のレベルで、伝わる内容が
変化してしまうという限界を抱えていたりもします。
読み手によって、意味が180度変わってしまうことも
有り得るということです。
でも、直接会いにいけない人の考えの一旦に触れることが
出来るのは、本があるからだともいえるでしょう。
過去の偉人には、どうやっても会うことは出来ません。
遠く離れたとことに住む人にも会うのは難しいものです。
本や、映像・音の記録は、そんな会えない人の考えを知る
ツールであることは、間違いのないところです。
だから、こそ、本を読むのは、素敵な出会いでもあると
いえるのだと思います。
日本という本王国に生まれたというチャンスを
ぜひ、活かしていって欲しいなとおもいます。

日本という国は、本当に変わった国なのかもしれません。
でも、非常に優れた文化を育んできた国でもあるように思います。
なのに、なぜか日本のことを好きでない人が多かったりします。
それは、まさに教育の失敗が原因であるのかなとも感じます。
 よく出る話に、日本では浮浪者や乞食が新聞を読んでいる
というのが、驚きであるというものがあります。
読み書きが出来ない人がいるという感覚が、世界でもっとも
ないのが日本人ではないでしょうか。
 最近、日本がガラパゴスということを言って、
卑下することがありますが、実は見方の視点が違っているだけで
ガラパゴスであるのは、世界よりも進んでいるからで
あるのかもしれません。世界標準にあわせるということは
もしかしたら退化することになるのかもしれないということです。
どうも、日本人は、明治維新以後、海外の方が優れているはずだ
という妄信をもつようになっている気がします。
日本の文化よりも、欧米の文化の方が凄いのだと思い込むように
教育されてきているのではないでしょうか。
しかし、本当にそれは正しかったのでしょうか。
実は、日本の文化の方が進んでいて、欧米の文化の方が
遅れているのに、欧米がそれを恐れて、日本人がそれに気が付かない
ように洗脳してきたのかもしれません。
成果主義にしろ、経済至上主義にしろ、本当に素晴らしい制度で
あるのでしょうか。
実は、家に鍵をかける必要のない社会、
相手のことを重んじて、助け合うことが優先される社会の方が
素晴らしかったのではないでしょうか。
世間という狭い社会であったにしろ、そこでの営みや、
人と人との絆のあり方は、実は、とても進んだ素晴らしい部分が
あったのではないでしょうか。
核家族社会と、大家族社会、どちらが、本当に人として
進んだ文化社会であり、幸せな社会の礎なのでしょう。
日本には、世界の中で、もっとも長く続く老舗があります。
老舗の商いこそが、実は、社会におけるもっとも進んだ
ビジネスモデルではないのでしょうか。
そんな視点で、日本の文化を、見直してみるというのも
ありであるような気がします。
武力による統治が中心であった欧米を見習うことに
未来はあるのでしょうか。
日本の歴史にも、武力闘争による権力争いはありました。
でも、争いの内時代が、長く続くことも多かったのは確かです。
死刑制度がなかった時代もあれば、肉を食べるのを禁じた時代も
あったりするのです。
もちろん、問題もあったわけですが、良き部分を活かすことは
これからの社会において、ひとつの解決の方向性を見出す
ヒントになるような気がします。循環・持続というキーワードが
中心となる社会は、日本にはすでに過去にあったのでは
ないでしょうか。そうであるからこそ、老舗という存在が
非常に多くあるような気がします。

 本に関する日、哲学に関する日に、
いろいろと考えてみるのもよいのかなとおもいます。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 07:15| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする