2010年08月19日

富士山〜 世界遺産に向けて


 日本一高い山、富士山。
霊峰とよばれ、日本を見守ってきた山です。
山頂には神社もあり、
日本の自然崇拝や山岳信仰とも結びついた山は、
やはり、魅力的です。
 小さいころから、富士山のみえる場所で
育ってきたので、富士山という存在は、
当たり前のような感じでいたりします。
でも、山頂までまだ登ったことはなかったりもします。

 最近は、登山ブームということのようで、
富士山へ登る人も非常に増えていて、
混在すると、まるで、都心のラッシュアワーのようだとも
いえるかもしれません。

 さて、今年の富士山の日に、
県知事が盗聴して、平和宣言をするという記事が
出ていました。

静岡新聞ニュース 富士山の日に平和宣言 登頂終え知事表明
http://www.shizushin.com/news/pol_eco/shizuoka/20100810000000000011.htm

 世界遺産へ向けて、富士山を平和の象徴としても
認知してもらおうという活動かのかなと思います。
また、県では、富士山物語と題して、
富士山にまつわるお話を募集中ということのようです。

静岡新聞ニュース あなたの“富士山物語”教えて 県が募集
http://www.shizushin.com/news/feature/mt_fuji/20100812000000000055.htm

 富士山にかかわる思い出や、
深い印象などをお持ちのかたは、投稿してみては
いかがでしょうか。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 21:10| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 静岡・清水 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

電子入札 〜 静岡も県と市町の共同での利用が・・・


ネットで、こんな記事がありました。

静岡新聞ニュース 県と市町の「電子入札」、共同利用進む
http://www.shizushin.com/news/pol_eco/shizuoka/20100813000000000062.htm

静岡県と、県内の市町における、電子入札について
共同での利用による普及が、進んでいるというものです。
電子入札については、電子政府のひとつの柱であったわけですが
国の方では、縦割り行政の弊害により、
国民視点でのシステム構築ができないという愚かな結果に
なってしまうことで、利面性が損なわれ、
コストも高くなるという悪い方向で進んでいました。
本来は、ワンストップ化を促進し、行政サービスを効率化し、
サービスの一本化による人件費の削減に、
サービスの向上という、良い面を前面に出していけるアプローチで
あるはずなのです。
国が、それを率先して進められないのは、
まさに省庁の壁という現在では、もっとも日本で効率を
低下させている原因を、政治主導で取り壊せないできたということ
にあるといえるでしょう。
自民党はまったく手をつけられずにいたので、
民主党に期待しているわけですが、苦戦中のようです。

さて、地方は、首長が一元管理できる体制にあるので、
首長がやる気になれば、改革は飛躍的に進めることができます。
名古屋のように議会が足を引っ張ることもありますが、
市民が納得すれば、改革はスピードをもって実行できる
はずなのです。
まさに、県や市町のレベルで、電子化による効率化を、
国の壁を無視して実行していくということを、
さらに推し進めていくことが必要であるといえるでしょう。
もちろん省庁の規制の壁もありますが、
特区制度をふくめた、いろんな方法で、
工夫していくことで、打開していくということも必要であると
いえるかもしれません。
もちろん、電子入札を普及させるには、
入札する側に、一定のスキルが求められます。
また、ネットに接続できる環境が必要にもなります。
公的機関に、接続端末を置くことで、自分がもっていなくても
電子入札はできるという形にすれば、全てを電子入札で
統一できるでしょうし、普及にあたっては、
ちょっとした工夫や、啓蒙活動があれば、良いともいえるでしょう。
あと、問題はシステムそのものの効率性や安全性を、
きちんと担保することです。
無駄のない良いシステムを構築するためには、
ベンダーの言いなりではなく、何が必要でなるのか、
目的と手段とサービス内容を明確にして、設計していうことが
大切であるといえるでしょう。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 21:03| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 静岡・清水 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

俳句の日

 今日は、平成3年に制定された俳句の日だそうです。
俳句は、短歌、川柳など、日本の文化のひとつであり
短い言葉と、素敵な季語に彩られた、
心の想いや、風情などを伝える素敵なものです。
 日本人は、以心伝心や、阿吽の呼吸といった、
言葉にしなくても、通じ合える関係というものを
感じ取ることができる民族であるわけです。
短い言葉のなかに、より深く広いものを感じ取れる
それは、お互いがエンパシーで繋がっているからなのかも
しれません。
 また、人と人との絆というものの深さにも
関わっていることであるといえるかもしれません。
よく、言葉にしなければわからないということが
いわれます。確かに、お互いに何の共感もなく、
関心もない無関係なもの同士であれば、言葉にしなければ
わからないでしょう。
しかし、お互いに共感しあえて、心を感じあえる
絆があるのであれば、言葉は不要であるともいえるわけです。
 実は、世界が平和になるということは、
言葉は必要なくなるということなのかもしれません。
つまり、日本人の文化は、平和な世界の先駆けとして
絆というかたちからも、進んでいるものであるのかも
しれないということです。
 欧米の真似ばかりすることは、退化していくことなのかも
しれません。
 日本民族が培ってきたものの価値について
見直していくべきことが必要なのではないのかなと
戦後65年が経過し、明治維新以後、植民地化を恐れ、
他国に遅れることを恐れて、見失ってきた、
日本のもっているもの、長い歴史のなかで築いてきたものに
ついて、振り返って、その価値を見直して、
取り戻していくことが、未来の日本にとって、
必要なことのような気がします。


暑き日々、蝉の歌声、その陰に、小さく響く、虫の秋音
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 20:48| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする