2011年03月01日

弥生になって・・・・・

 今年も、如月がすぎ、もう弥生となって
しまったのだなと、いろいろと思うのでした。
先月末は、海外での地震での邦人被災や、大学入試での
試験中の問題のネット漏洩とか、
いろいろと、世を騒がせるニュースがありましたが、
私にとっても、貴重な体験をする機会を得て、
これからの人生が、何か変わっていくことになるのかも
しれないなという気配を感じた時期となったような気がします。
 自分自身で、見聞きしたことほど、リアルであり
現実であるものはありません。
ネットの向こうや、海外などで起こったことは、
ニュースなどで情報として知ることは出来ても実感は
出来ないものです。
また、ニュースや情報も、本当に真実を伝えているとは限りません。
最初にニュースを起こす人の目や思想や感情というフィルターを
通した結果の情報でしかないということです。
もちろん、生中継や録画中継などで、遠方の出来事も
カメラの眼を通じて、見聞きすることが可能になっています。
そのタイムラグも殆どないという状況でもあるわけです。
しかし、カメラの眼は、そのカメラを操る人の視線であり
視点であるというのも現実であったりします。
そこから、何を得て、どう判断すべきかは、
その情報に接した人次第であるともいえるでしょう。
 技術の進歩により、人には、より高い情報リテラシが
求められるようになっているということです。
そして、情報リテラシは、人のしっかりとした基盤となる
知識や経験、文化や教育のもとでこそ、高められるとも
いえるようにおもいます。
 日本人であるなら、日本の文化と日本の慣習や思想などを
しっかりと身に着けておくことが、まず基礎中の基礎であると
いうことになるのではないかと感じます。
 教育にしろ、衣食住にしろ、労働にしろ、コミュニティにしろ、
政治にしろ、経済にしろ、産業にしろ、
日本という国の歴史と先人の活動の上に、現在があるということは
変えられない事実であるといえるのですから・・・・・。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 22:33| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする