2011年08月09日

長崎原爆忌

 昭和20年8月9日、広島が焦土地獄と化して、まだ数日しか
たっていないのにもかかわらず、
ボックスカー号は、長崎市上空に飛来して、
午前11時2分、ファットマンを投下、第二の焦土地獄を
地上に産み出したのでした。
アメリカは、想像のソドムとゴモラに、仕立てて、
優しく、小さな幸せを大事に生きている人々を、
惨殺したわけです。
神でもないものが、神のごとく振舞うことの罪は、
大きなカルマとして、アメリカに残されたことでしょう。
 日本のカルマを2つの都市が、犠牲となって
解消してくれたのかもしれません。
 あれから、66年が経過し、当時を知る人たちの
平均年齢も、もうじき80歳となろうかといった感じに
なってしまいました。
歴史の一ページとして、過去のなかに埋没させてしまうことなく
活きた歴史として、後世に伝えていくことが、
日本人の責任であるように感じます。
 8月6日と9日は、やはり、国民の休日として、
この歴史の記録を、しっかりと考え、学び、伝えていく日と
すべきであるようにおもいます。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 13:26| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする