2017年05月20日

目に見えないものを信じることの大切さ

本日、日本有史以来初の出来事がありました。
幸いなことに、私は、その場に立ち会うことが出来ました。
とても光栄なことであり、とてもありがたいことであります。
本当に大切なことは何なのか、
主観と客観の垣根を超えた先にある真実と向き合うとき、
多様な視点、多様な考えを包括し受入咀嚼して認識し理解する
そこには主観も客観もなく真実があるのみと言う事。
悟ることへの第一歩未満かもしれないけれど、
その一歩が人生を大きく変えていくことになるのは
間違いのないことでもあるわけです。

神、聖霊、スピリチュアルな存在、・・・
目に見えぬものであても、
確かに、ここにいるのであり、
その事実は疑う余地はないものであるのです。
日本人の先人たちは、
そんな存在を敬愛し畏怖し、
共に暮らしていたのです。
ゆえに、禁忌や祭事が生まれてきました。
それらは、目に見えない存在と共に生きるための
知恵であり、学びであり、戒めであったのです。
人を守るための知恵、
幸せに生きるための知恵、
先人たちの教えには、そんな深い叡智を
伝承するものであたりするのです。

神社仏閣、日本は、神仏を信じ大事にしてきた民族でした。
しかし、明治維新後の西欧化、戦後の日教組教育の中で、
日本人としてとても大切な伝統や心情を忘れてしまっています。
恥じらいもなく無信仰と言い、目に見えない存在を否定し、
神聖なものへ敬意を払うことをしないで平然としている。
そんな日本人の状況が多くの今の日本の問題や不幸の背景にあり、
根本的な原因でもあることに、
はやく多くの皆さんが気がつく必要があるのだと言えるでしょう。
それを感じさせてくださる機会を得る事が出来ました。
ありがたいことでした。
そして、そのような機会を得たことに対する責任を感じさせられました。

目に見えるものとの出会いが
不幸なものにならぬように、
私達は、先人の知恵を思い出し、
学び直さなければならないのではないかと感じます。
多くの禁忌は、人々を守るための戒めであったことを、
祭事は、目に見えぬものに対する共存共栄の知恵で
あったことを、忘れてはならないと感じます。
自然と共に生きること、
それは、同時に目に見えぬ存在と共に生きることでも
あったことを、日本人の先人は知っていたのです。
そして、それらと善く共存するための知恵を学び
それを禁忌や祭事などの形で、伝承してきていたのです。
それを忘れてしまったとき、
人々は得てきた多くのものを失うだけでなく、
それ以上の負の影響を受けてしまうことになるでしょう。
そして、実際に、そうなっているのが
現代の日本社会であると言えるでしょう。
目先の対応では解決できない問題であることを知り、
その根本原因に目を向けること、
それには、まず、目に見えないものの存在を
信じ認めることからであると言えるでしょう。
本当の意味で、安心安全を得たいのであれば、
これを避けていくことは出来ないでしょう。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 05:49| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム:神の叡智から学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする