2019年06月06日

日本仏教とお釈迦様の教え

日本仏教とお釈迦様の教え

日本仏教の教えをわかりやすくまとめられたサイトがあります。

仏教ウェブ入門講座
http://true-buddhism.com/
日本仏教アソシエーション
『歎異抄』の解説サイト・歎異抄.com
『正信偈』の解説サイト・正信偈.com

残念ながら、ダルマの教えが日本に正しく伝わっていないことが
よくわかる内容となっています。
上座部仏教を小乗仏教として、卑下しているのも
残念なことであったりします。
お釈迦様の教えを理解するなら、他の宗教や宗派に対して
敬意をもって接するのが当然なことであるとわかっているはずです。

さて、仏教についての説明にあたって、
2つの流れの違いを解説しているサイトが
いくつかあります。

「上座部仏教」と「大乗仏教」の違いとは?
https://eyespi.jp/l00245/

「大乗仏教」とは何か?思想や経典を解説!上座部仏教との違いも
https://biz.trans-suite.jp/14743

これで解決!「大乗仏教」と「上座部仏教」の違い
https://gimon-sukkiri.jp/buddhist/

どれも、基本的には同じような解釈をしていますが、
やはり、本質を捉えてはいないと感じます。
なぜ、本質を捉えられないのでしょうか。
それは、仏教を既存の書物から分析しているからであり
西洋科学的な分析手法をもって捉えているからだと
いえるでしょう。
お釈迦様の教えの本質は、ダルマです。
ダルマの教えには、他者を救済するというこの世的な視点は
ありません。この世的な視点は、どちらかといえば
キリスト教、一神教の教えに近いものです。
儒教や道教なども、この世的な教えに近いといえるでしょう。
お釈迦様の教えの根本となるダルマを、より正しく伝えているのは
上座部仏教であることは間違いありません。
お釈迦様は、インド、ネパール地方で生涯を過ごされています。
使われていた言葉は、サンスクリット語です。
お釈迦様の教えを正しく理解するためには、サンスクリット語で
学ぶことが良いのは当然のことであったりします。
言葉の翻訳や、言葉の伝播によって、その内容は変遷してしまいます。
つまり、正しく伝わらないことが多いということなのです。
上座部仏教は、サンスクリット語から、とても類似の多いバーリ語へ
伝えられて、今日まで至っています。
言葉による情報の欠損はほとんどなく伝承されているといえます。
大乗仏教は、サンスクリット語から中国語という大きな翻訳を経ています。
表音文字から表意文字への翻訳によって、
音が重要であるマントラについては、正しく伝えることが出来ませんでした。
お釈迦様のマントラは、大乗仏教で正しく唱えられることはありません。
教えの内容については、薄められてしまってはいるものの伝わっています。
中国にて、儒教や道教の影響を受けて、変化してしまった部分が
多くあることも事実です。
そして、日本へと伝わるにあたっては、中国語から日本語へという
翻訳が行なわれることになっています。
日本に仏教が伝来したとき、日本では、もともとの信仰であった神道に
中国から伝来していた、儒教、道教に加えて、仏教が取り入れられました。
その統合の流れと、日本文化の中で変化していったものが
今日の日本仏教であるといえるでしょう。
大乗仏教は、お釈迦様の教えを大衆化したものであるともいえます。
したがって、ダルマの教えのなかの入門的なものしか伝わっていない
そんな感じになっているともいえるでしょう。
お経や念仏を唱えても成仏などできません。
成仏するということは、輪廻転生の輪から外れるということです。
解脱するということなのです。
そのために何をすべきなのか、ダルマは教えています。
お釈迦様は、苦に満ちた輪廻の世界から脱する方法を悟られて
その方法をダルマとして語られていたのです。
ダルマの教えは、万人に通じるものです。
しかし、その教えの内容を実践するのは、非常に大変です。
特に、この世の中に染まっている人にとっては高いハードルであると
いえるでしょう。出家は、その高いハードルを低くする方法であると
いうことです。それは、大乗仏教が登場する前から変わりません。

日本仏教は、日本に伝わり、何度か変化してきています。
それは、日本における信仰のあり方の変化とも関連するものです。

日本の信仰は、
神話、八百万の神、自然や自然現象などにもとづく多神教であり、
伝統的な民俗信仰・自然信仰です。
神道「かんながらの道」と呼ばれ、巫女や神官によって、
八百万の神々に祈りを捧げ、自然と一体となって、
日々の生活を過ごしていく基盤となっていたといえるでしょう。
大和時代に、仏教を始めとして宗教が伝来して、
神道と共に受け入れられていきます。
国家安寧のために、神事と共に受け入れられていくわけです。
武家社会になって、神仏は大衆統治のために利用されていきます。
奈良仏教、平安仏教、鎌倉仏教と、中国からの教えの伝播と共に
国内の仏教宗派が立ち上がっていきます。
そして、江戸時代になり、寺社奉行によっての神仏管理と
国民管理が整えられることになります。
寺社が政治と深く結びついていくと共に、生活の中の一部として
大衆化していくことになります。
明治維新によって、江戸時代の利権が剥奪され、
神道による国家宗教という枠組みにより、廃仏毀釈をはじめとした
弾圧、迫害が行なわれ、その中で、寺社として生き残るために
更なる大衆化が行なわれていきます。
戦後、宗教的要素を日本から剥奪するためにGHQによって
行なわれた様々な施策によって、日本の信仰は更に衰退します。
日本仏教も、同様に衰退していくことになります。
そんな状況で、日本人の多くが、無宗教を名乗るようになって
いってしまったわけです。
そして、寺社は衰退していっているわけです。
消えていく、神社やお寺の問題が取り上げられるようになっているのが
現代社会の日本の実情であり、
日本の信仰の劣化の状態であるということになります。

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<日本の歴史/世界の歴史―抜粋>
大和時代 前660年 - 710年
前624年-前544年頃 旧暦6月満月の日 お釈迦様生誕、正覚、入滅
前552年9月28日 孔子生誕 − 前479年3月9日 孔子逝去
前469年頃 ソクラテス生誕 − 前399年4月27日 ソクラテス逝去
紀元前250年頃 ギリシア語翻訳「七十人訳聖書」(現存最古旧約聖書のひとつ)
紀元前6年から紀元前4年頃 イエス・キリスト生誕
前2〜1世紀頃 死海文書(写本) 編纂
30年頃 イエス・キリスト逝去
238年 「魏志倭人伝」(景初2年6月)親魏倭王と為し、金印紫綬を授ける。
4世紀 道教伝来
513年 継体天皇の時代 百済より五経博士が渡日 儒教伝来
538年(戊午年、宣化天皇3年)仏教伝来
5世紀頃 秦河勝など 景教伝来
570年頃 ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ生誕
飛鳥時代 592年 - 710年
632年6月8日 ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ逝去
神仏習合 神身離脱、大乗密教 国家鎮護 熊野信仰 怨霊信仰
本地垂迹説 神本仏迹説 天道思想、神儒仏一致
675年 (天武4年)4月 天武天皇「肉食禁止令の詔」
675年(天武5年)  天武天皇「放生令」
685年(天武天皇14年) 伊勢神宮式年遷宮の制を制定。
701年(大宝元年) 大宝令 雅楽寮創設(雅楽)
奈良時代 710年 - 794年
712年(和銅5年) 太安万侶「古事記」編纂
715年(霊亀元年)越前国気比大神の託宣により神宮寺建立
718年(養老2年) 大和国長谷寺の開山徳道上人 お告げ受け 西国三十三所霊場参る
720年(養老4年) 舎人親王ら撰「日本書紀」完成
737年 (天平9年) 聖武天皇「禁酒、屠殺の禁止令」
741年 (天平13年) 「牛馬の屠殺禁止令」
743年(天平15) 廬舎那仏金銅像(大仏)造立発願
南都七大寺(大安寺、薬師寺、元興寺、興福寺、東大寺、西大寺、法隆寺)
南都六宗(三論宗、成実宗、法相宗、倶舎宗、華厳宗、律宗)
758年(天平宝字二年) 「殺生禁止令」 天皇献上品に猪と鹿肉の献上永久停止。
759年(天平宝字3年)『万葉集』
766年(天平宝字八年) 狩猟漁獲のために鷹、犬、鵜などを飼うことが禁止。肉、魚、蒜の貢納禁止。
787年(延暦6年) 長岡京遷都
788年(延暦7年) 最澄、比叡山延暦寺創建 天台宗
794年(延暦13年)平安京遷都
平安時代 794年 - 1185年 死刑制度が無かった時代:最高刑は流刑であった。
平安時代中期 神楽、田楽 成立
804年 空海と最澄は中国から茶を持ち帰る。唐の陸羽(733年 - 804年)の書いた『茶経』
815年(弘仁6年) 四国八十八ヶ所霊場ご開創
816年(弘仁7年) 空海、高野山 賜わる 真言宗
881年(元慶六年) 「放生令」諸国に放生池出来る。
901年(延喜元年)「六国史」完成(日本書紀 - 続日本紀 - 日本後紀 - 続日本後紀 - 日本文徳天皇実録 - 日本三代実録)
927年(延長5年) 延喜式成立 神名帳に祈年祭で奉幣を受ける2861社の神社が記載
9世紀後半『竹取物語』
10世紀「新式の武芸」成立
10世紀『古今和歌集』編纂 日本国家「君が代」の歌詞
1001年(長保3年)清少納言『枕草子』
寛弘2年9月26日〈1005年10月31日 安倍晴明 没
1008年(寛弘五年)紫式部『源氏物語』
1116年(永久4年) 白河院2回目の熊野詣
1133年-1212年 法然(法然房源空)浄土宗
1161年(応保元年)近江三井寺の覚忠大僧正、近畿地方三十三カ所観音霊場七十五日巡リ
1173年-1262年 親鸞 浄土真宗
12世紀 - 13世紀 高野山 国宝「鳥獣人物戯画」
13世紀前半「小倉百人一首」成立
鎌倉幕府「寺社奉行」
1187年 臨済宗 明庵栄西
1192年(建久三年)後白河法皇の四十九日の法要 鎌倉の南御堂
1203年 (建仁三年) 鎌倉幕府「狩猟禁止令」発布。
元禄頃の記録には「実朝公坂東三十三番札所建立」と明記
1212年(建暦2年)以後 『平家物語』成立
1226年 曹洞宗 永平道元「精進料理」
1222年-1282年 日蓮 日蓮宗 身延山久遠寺
1234年(天福二年)「墨書銘」坂東三十三番札所巡り記録あり
1234年(文歴元年) 秩父札所 ご開創 秩父三十四ヶ所観音霊場
1239年-1289年 一遍 時宗
14世紀頃 アブラメリン
室町時代「茶道」「華道」「香道」「能」成立
室町中期「お伊勢講」
室町中期 京都六角堂 僧侶「池坊」と呼ばれた僧侶により華道の確立
1435年-1511年 吉田兼倶 吉田神道
1500-1600年頃 フリーメーソン、薔薇十字団
1549年 カトリック教会修道会イエズス会フランシスコ・ザビエル キリスト教伝来
安土桃山時代 1573年―1603年
江戸時代 1603年―1868年
江戸幕府「寺請制度」「宗門人別改帳」
江戸時代「お蔭参り」
1654年(承応3年)黄檗宗 隠元隆〓「普茶料理」
1684年(貞享元年) 徳川綱吉「服忌令」
1687年(貞享四年)「病人、捨子、捨て老人、病牛馬の遺棄を禁止する令」
1694年(元禄六年) 鷹狩り制度廃止
1781年 イマヌエル・カント「純粋理性批判」
1806年(文化3)兵学者平山行蔵『武芸十八般略説』
1830年 末日聖徒イエス・キリスト教会
1838年 天理教 創立
1854年1月8日 マグレガー・メイザース生誕
1859年 金光教 創立
1863年 セブンスデー・アドベンチスト教会
1867年11月9日 大政奉還
明治政府「国家神道」「廃仏毀釈 神仏分離 神社合祀」「西欧化政策」
1868年4月6日 明治天皇 五箇条の御誓文
1868年10月23日 一世一元の詔( 明治改元の詔)
1869年7月20日 東京招魂社(現 〓國神社)創建
1869年10月2日 マハトマ・ガンディー生誕
1870年2月3日 宣布大教詔
1871年8月29日 廃藩置県
1872年(明治5年) 伊勢神宮少宮司 浦田長民 神宮教会 設立
1875年(明治8年)4月14日 立憲政体の詔書
1875年10月12日 アレイスター・クロウリー生誕
1875年 神智学協会 結成(米ニューヨーク)
1881年 エホバの証人
1882年 皇典講究所 創設。
1898年(明治31年) 全国神職会 結成
1898年(明治31年) 大本 教団創立
1899年 神宮教会が神宮奉斎会に発展。
1900年(明治33年)12月12日神戸地方裁判所 長南年恵裁判無罪。神水の物質化を法廷が確認。
1914年(大正3年)9月 福来友吉『透視と念写』出版
1915年 バラ十字会AMORC 設立
1916年 パーフェクト リバティー教団 設立
1918年10月15日 シルディ・サイ・ババ逝去
1918年11月21日 マグレガー・メイザース没
1920年(大正9年)11月1日 明治神宮 鎮座祭
1921年(大正10年)「明治神宮御境内 林苑計画」作成
1923年(大正12年)9月1日11時58分32秒頃 関東大震災
1925年3月30日 ルドルフ・シュタイナー没
1930年(昭和5年)創価学会(創価教育学会)、霊友会、生長の家 創立
1930年 ネーション・オブ・イスラム
1935年 世界救世教 立教
1936年 真如苑 創立
1938年(昭和13年)立正佼成会 創立
1940年(昭和15年)4月 「宗教団体法」成立・施行
1945年1月3日 エドガー・ケイシー没
GHQ占領期(1945-1952)
 GHQ占領政策 地主制度を解体 農地改革法 財閥解体 神道指令国家神道廃止政教分離
 GHQにより「お伊勢講」解散, 武道禁止
 10月4日 「自由の指令」公布
 12月15日 「神道指令」公布
 12月28日 「宗教団体法」廃止、「宗教法人令」公布即日施行
1946年(昭和21年)1月23日 神社本庁発足
 その他神社神道系包括宗教法人(神社本教、北海道神社協会、神社産土教、日本神宮本庁など)
 単立宗教法人(鎌倉宮・靖国神社・伏見稲荷大社・日光東照宮・気多大社・梨木神社・新熊野神社・富岡八幡宮など)
1946年(昭和21年)11月3日 日本国憲法公布 1947年(昭和22年)5月3日 日本国憲法施行
1947年12月1日 アレイスター・クロウリー没
1948年1月30日 マハトマ・ガンディー没(暗殺)
1951年9月8日サンフランシスコ講和条約 署名
1952年4月28日サンフランシスコ講和条約 効力発生 日本の国際的な戦後の独立の開始
戦後復興期・高度経済成長期(1952-1973)
1954年 世界平和統一家庭連合
1956年(昭和31年)5月 神社本庁「敬神生活の綱領」
1958年12月23日 東京タワーから放送開始。
1966年 クリシュナ意識国際協会
安定成長期(1973-1986)
1973年 五島勉『ノストラダムスの大予言』刊行
1974年 ユリゲラー来日
1979年(昭和54年)『ムー』創刊
1980年(昭和55年)7月 「神社本庁憲章」施行
1980年 法の華三法行
バブル期(1986-1991)
1986年 幸福の科学 設立
1989年 東欧民主化革命(ベルリンの壁崩壊)
1989年 オウム真理教 設立
冷戦後・経済停滞期(1991-現在)
1991年 『発見!パワースポット』清田益章、太田出版
1992年 法輪功
1993年 法隆寺地域の仏教建造物 世界文化遺産
1993年 「アネモネ」創刊
1994年 古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)世界文化遺産
1995年(平成7年)1月17日 阪神・淡路大震災
1995年7月2日パワースポット分杭峠ゼロ磁場発見
1996年1月オウム真理教 宗教法人格消失
1996年 厳島神社 世界文化遺産
1998年 古都奈良の文化財 世界文化遺産
1999年 日光の社寺 世界文化遺産
2000年2月 オウム真理教消失->アレフ->2007年5月「ひかりの輪」、2014年?2015年頃「山田らの集団」
2001年 小学館「週刊 古寺をゆく」創刊
2004年 紀伊山地の霊場と参詣道 世界文化遺産
  霊場(吉野・大峰、熊野三山、高野山)と参詣道(熊野参詣道、大峯奥駈道、高野山町石道)
2005年 神仏霊場会の創設
2006年11月3日 年恵没後百年「長南年恵100年祭」鶴岡市 般若寺
2008年11月24日 日本のカトリック教会「ペトロ岐部と187殉教者列福式」挙行
2009年(平成21年)NHK大河ドラマ『天地人』放送 「歴女」一般女性にも広がり。
    「国宝 阿修羅展」東京国立博物館歴代3位入場者数
    「アシュラー」(阿修羅像を萌えの対象とする女子)「仏女」登場。
2009年 ユーキャン新語・流行語大賞「歴女」トップ10入り。
2009年 日本プロテスタント宣教150周年記念大会開催
2010年5月 エディンバラ宣教会議100周年記念世界宣教東京大会開催
2011年「城ガール隊」結成
2011年(平成23年)3月11日 東日本大震災
2011年4月24日 サティヤ・サイ・ババ逝去
2013年「伊勢神宮・式年遷宮」「出雲大社・平成の大遷宮」
2014年(平成26年) 四国霊場開創1200年記念
2014年8月4日 『あさイチ』(NHK)「御朱印を集める女性達」報道 「御朱印ガール」
2015年1月4日 NHK BS「チベット カイラス巡礼」放送。
2015年1月14日 育成シミュレーションゲーム「刀剣乱舞」発売
2015年 新語・流行語大賞ノミネート語50語「刀剣女子」
2018年 西国三十三所 草創1300年
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では、お釈迦様の教えであるダルマを取り戻すことは
日本仏教において可能なのでしょうか。
今ある教えに執着している限り、難しいかもしれません。
では、ダルマへと向かうために、出来ることは何なのでしょう。
それは、大乗仏教においても使えられて残されている
ダルマの中の基礎というべきものである五戒を
しっかりと正しく守って、日々生活することであるといえるでしょう。
五戒の教えは、在家の五戒といわれるように、
出家しなくても、守っていくべきものとして教えられているものです。
出家するなら当然、守っているのが当たり前な内容であるともいえます。
お釈迦様の教えを学ぶにあたって、
まず、五戒を守ることからはじめるのが良いでしょう。
そして、五戒を守ることが出来ていけば、ダルマの教えの更なる先へと
縁を得ることができるかもしれません。
お釈迦様の教えは、どんな宗教を信仰している人たちにも
共通する叡智であり、真理であります。
したがって、どんな宗教を信仰する人であっても、
守れるなら守った方がよい内容であるといえます。
より良い人生、魂の成長を願うのであれば、
まず、五戒を知り、理解し、実践することから
はじめてみてはいかがでしょうか。

五戒
1、生き物を殺さない。命を大切にする。
2、盗みをしない。人に迷惑をかけない。
3、浮気をしない。不道徳な性行為を行わない。
4、嘘をつかない。正直である。
5、お酒を飲まない。精神を乱すものを体に取り入れない。

不殺生戒(ふせっしょうかい)
- 生き物を殺してはいけない。

不偸盗戒(ふちゅうとうかい)
- 他人のものを盗んではいけない。

不邪淫戒(ふじゃいんかい)
- 不道徳な性行為を行ってはならない。

不妄語戒(ふもうごかい)
- 嘘をついてはいけない。

不飲酒戒(ふおんじゅかい)
- 酒を飲んではいけない。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 20:31| 静岡 ☀| Comment(1) | コラム:神の叡智から学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お釈迦様の教えと、様々な教え

お釈迦様の教えと、様々な教え

 世の中には、いろんな教えがあります。
学校で教わる教え、両親から教わる教え、書物や経験から学ぶもの
宗教、哲学、科学、人文経済、法律、教えは多様であり
多彩です。
歴史や文化、偉人や賢人からの学びもあるでしょう。
では、この世の中の最高の教えとは何なのでしょうか。
それは、やはり神の叡智であり、聖霊の叡智であるでしょう。
そして、それらの中の最高峰がダルマであるわけです。
なぜなら、神も学びたいと願う教えが、ダルマであるからです。
 ダルマは、お釈迦様が残されて、今の世には存在しています。
今のこの世は、ダルマの存在するという恵まれた状況にあると
いえるわけです。
宇宙の歴史、地球の歴史の中では、ダルマが地上に存在しない
そんな期間が大半であるわけですから、
ダルマに触れることが可能な時に、地上のこの身があるということは
最高にラッキーであるといえるでしょう。
しかし、そんな最高な縁も、その縁を活用しなければ何の価値もありません。
では、ダルマの教えとは、どの様なものなのでしょう。
そして、他の教えとの違いは、何なのでしょう。

 この世にある教えは、大別すると、
この世についての事象に関する教えと、
この世以外についての事象に関わる教えという
2つに分かれているといえるでしょう。
この世についての事象に関する教えとは、
自然科学であり、人文科学であり、歴史文化経済社会に関するもの
ということになります。
この世での生き方はマナーや哲学として語られてきています。
学校や会社、地域社会で学ぶことの大半は、
これらのものであるといえるでしょう。
それでは、もう片方のこの世以外についての事象に関わる教えとは
何でしょうか。
それは、スピリチュアル的な教えであり、神様に関する教えとなります。
信仰や宗教が、それを中心的に担ってきているといえるでしょう。
この世についての事象に関するものは、
この世以外のものに関わる学びよりも狭い世界のものといえます。
したがって、限定的な世界におけるものでしかありません。
自然科学で説明できない事象や現象が数多く存在しているのは
自然科学という学問が、限定された世界の中でしか通用しないもので
あるからだともいえるでしょう。
それは、人文科学や政治経済などについても同様です。
では、この世以外の世界に関わる教えとは、どんなものでしょうか
神の叡智、聖霊の叡智といわれるものは、
信仰と宗教によって、伝えられてきているものであったりします。
シャーマニズム、一神教、多神教、様々なものがあります。
それぞれが、担うべき役割があって存在しているものでもあります。

スピリチュアル的な世界は、この世に近い存在でもあります。
したがって、その教えも、この世に近いものであるといえます。
一神教は、神々の中の御一方が齎した教えです。
ひとつのことから学ぶべき段階にある魂にとっては、
それを正しく導くために必要な教えであるといえるでしょう。
多神教は、神々の世界に関わる教えを伝えています。
そして、そんな教えの中で、もっとも深く重い教えが、
ダルマであるわけです。
なぜなら、ダルマは、神々が学びたいと願う教えであるからです。
この地上だけでなく神々の世界を含めた天宙の構造を示し、
それらの世界が、なぜ存在しているのか、存在の理由を示し、
そして、どの世界に行くのには、どのような条件を満たす必要が
あるのかを示し、人が、最高峰の世界へと行くためには
どうすれば良いのかを示してくれているものとなっています。

ダルマを説くことの出来るレベルの方は、
アラハンとなられるレベルの方だといえます。
ダルマを語られるのはプラプッタジャウです。
もっとも最近にこの世に現れたプラプッタジャウは
お釈迦様です。
したがって、お釈迦様の語られたダルマこそが
この天宙で最高の叡智であるといえます。
創造神も学びたいと願う叡智がそこにはあります。
もっとも正しいダルマは、お釈迦様から直接お聞きするものです。
しかし、お釈迦様から直接聞くことは今は出来ません。
お釈迦様の弟子のアラハンとなられた方から聞くことも
普通の人には出来ません。
だから、グルとなる方との出会いが大切となります。
お釈迦様の教えを正しく学ばれた方からダルマを学ぶことが
もっともよい方法であるといえるでしょう。
「お釈迦様の教えなら仏教でしょう、仏教の経典を読めばよいのでは」
そう考える方がいらっしゃるかもしれません。
しかしながら、残されている経典は、お釈迦様が書かれたものでは
ありません。アラハンとなった方が書かれたものもほぼありません。
弟子の弟子、かなり時間が経過したあとで、書き残されたものが
大半であるといってよいでしょう。
そのために、お釈迦様の教え、そのものではなくなっていることが
多いです。アラハンとなったようなレベルの方の残されたものであれば
信用できるといえるでしょうが、そうでない場合には、
お釈迦様の教えに、著者やその先生の教えが混ざったものに
なってしまっています。
そのために、重要なポイントが暈されていたり、
この世的に楽になるような解釈が追加されてしまっていたり
本質がぼけてしまっていたりすることが多かったりします。
特に、一般大衆向けに改ざんされた大乗仏教においては
多くの異なる教えが混じってしまっていて、
お釈迦様の教えが薄められてしまっています。
もちろん、正しい部分もあります。
しかし、どこが正しく、どこが重要であるのかは、
ダルマの本質とは何かについて知ることなしに
判断するのは難しいといえるでしょう。
ダルマを学び、その内容をアラハンレベルの方から
直接確認できるレベルのあるような方から、
ダルマについて知ることが大切になってくるといえるでしょう。
仏教とは、お釈迦様の教えというよりも
お釈迦様の弟子たちの一門の中でまとめられた教えというべきでしょう。
大乗仏教では、本来の教えが薄められてしまいました。
お釈迦様は、誰でもアラハンとなれる道をしめされました。
既に、出家しなくてもアラハンとなるために必要なことは示されていたわけで
大乗仏教の生まれた理由は、お釈迦様の教えとは無関係であることに
なっています。つまり、ダルマをきちんと理解出来ていなかった方が
一般大衆へと広めるという誤った目的のためにつくったものであると
いえるのかもしれません。
お釈迦様の教えは、どんな人にでも適応されるものです。
しかし、そのための道は、それぞれの人によって
大きくことなるものでもあります。
なぜなら、人によって、カルマも徳分も異なっているからです。
より確実に歩むのであれば出家することが良いというだけなのです。
実際に、出家してなかった方でも、アラハンとなった方は
いらっしゃいます。
出家とは、目的ではなく手段のひとつであるということです。
では、人生の目的とは何なのか、
それは、アラハンとなり、解脱して、苦の輪廻から外れること
であるといえるわけです。
これは、神々の願いでもあったりするわけです。

お釈迦様の教えとして、
日本にて、仏教の教えとして出てくるキーワードがあります。
「中道」、「四苦八苦」、「縁起」、「四諦」、「八正道」、
「六波羅蜜」、「五戒」、「十善戒」
など、それぞれが、ダルマの一部を語っているものではあります。
しかし、どうも哲学的な解説がされていることが多く
ダルマの根本に立ち寄った形で、説明されているのか
疑問の残るものが多かったりもします。
ダルマの教えは、非常にシンプルであり、
また具体的であり、実践的なものとなっています。
お釈迦様が、アラハンへと至るために、何をすべきなのか
きちんとお教えになっているからです。
ところが、現代仏教の中で、語られているお釈迦様の教えの
多くが、学術的哲学的な表現となっていて、
しかも、それを読んで、どうすれば良いのかという部分について
すなわち、実践の部分について、抽象的な表現で終わっています。
それは、対機説法による内容を編纂したが故の結果なのかもしれません。
お釈迦様は、弟子たちに、対機説法をもって、
その弟子、個人にとって必要な内容を必要な形でわかりやすく
教えていらっしゃいました。
つまり、その瞬間の教えは、教えの対象となる人、または人々にとって
必要でありわかり易いかたちにて、語られていたということです。
つまり、ダルマそのものを、知るべき人が知りえるように
教えられていたということになります。
その部分を認識した上で、教えの内容を読み解かないと、
誤った解釈をしてしまう可能性があるということでもあります。
これは、お釈迦様だけでなく、イエス様や孔子、ソクラテスといった
叡智を語った方々の会話を記録したものから変遷された書物に
おいても同様なことがいえるでしょう。

実は、どうでも良いことが、なんだか重要なことであるかのように
記述されていたりするわけです。
また、非常に重要なことなのに、軽い感じで記述されてしまっている
そんなケースもあったりします。
たとえば、神と仏の違いですが、語る意味はありません。
神も仏も、天上界の中に存在している方々でしかありません。
その階層にいらっしゃるのかは、その魂のレベルの差でしかないわけです。
ダルマでは、その部分についても、叡智を含んでいます。
お釈迦様の教えは、創造神と呼ばれる方々も学びたいものであると
いうことを知れば、どのような関係性にあるのかは明白です。
どのような神であっても、尊敬の念をもって接することが大切です。
否定したり卑下することなどはもってのほかであるといえるでしょう。
場合によってはカルマとなってしまうからです。

人生を過ごすのであれば、カルマをつくらないようにして
徳分を増やすように行動することが重要であるということになります。
その上で、霊性を高めるために瞑想を行いマントラを唱えるという
ことになるわけです。
ダルマでは、アラハンへ至る道が示されています。
しかし、その道の困難さについては、
ひとりひとり異なるものとなっています。
誰もが輪廻の輪から脱することが出来るのですが、
そのためには自分自身が行動するしかありません。
お釈迦様が救ってくれるわけではないということです。
自分自身を救えないのに、他人を救えると思うのは、
傲慢であるといえるでしょう。
この世的な徳=人徳=タンタンにおいては、
他人を救うことは立派なことですし良いことです。
しかし、天宙的な徳=徳分=タンブンとはならないことも
あるということであったりするわけです。
どうすれば、カルマを増やさずにすむのか、
どうすれば、徳分を積むことができるのか、
ダルマは、教えてくれています。
そして、その部分の叡智こそが、重要であったりするわけです。

素晴らしい教えは、数々存在しています。
しかし、最上級の教えは、お釈迦様が残されたダルマです。
そこに至ることが出来る縁をもっていることが
いかに幸せなことであるのかを、忘れてはならないでしょう。
そして、幸せとは、自分自身の決めることでしかありません。
どんな環境であっても、幸せなら幸せだし、不幸なら不幸にしか
ならないということです。
ただ、この苦の満ちた輪廻の世界から、脱することは出来ます。
その方法を教えてくれるのが、ダルマであるということです。
苦から脱することを、望むか否かは、
それぞれ、ひとりひとりの魂が決めることでしかありません。
あなたは、どんな選択をするのでしょうか?。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 07:32| 静岡 ☀| Comment(0) | コラム:神の叡智から学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする