2009年05月10日

菜食のすすめ・・・菜食主義とは

菜食主義の理由もいろいろあります。
人にだけ与えられたものに欲望の制御という能力が
あります。食についても、人は選択する力を与えられている
唯一の生き物であったりします。
他の動物は、きまったものしか食べません。
人に飼われて強制的に食を変えられた動物だけが
違うものを食べますが、それは動物が選択したのではなく
人間が強要しただけのことであったりします。
ゆえに、食は、人にとっては文化でもあったりするわけです。
よって、様々な食へのアプローチがあってかまわないし、
その多様性を認めることが、大切だということだと
いえるでしょう。

食用で人間が飼う牛などの動物について、
もし、食用の需要がなければ生まれても来なかったわけで、
生まれて来ないのと、途中で殺されてしまうのでは、
どちらが牛にとって良いのかという問いを出して
矛盾という人もいるようですが、
これも、矛盾ではありません。
食用の需要がなくても、自然界で生まれてくるものは
生まれてくるのです。
食用で生まれた牛は、まさに悲劇的な生であったという
べきでしょう。もし、食用の需要がなければ、
自然界に生まれてこれたのですから。
生まれたときから殺されることが確定されていない生を
生きれたのを人が奪ってしまっているだけのことなのです。

動物を食べることについて、可哀想という感情が、
牛や豚より魚について少ないと感じることを矛盾と
思う人がいるようですが、それは矛盾ではなく
合理的というか、あたりまえであったりします。
それは、人からの生命としての距離の違いが
反映しているに過ぎなかったりします。
生き物を食べるときに可哀想と感じる度合いは
殆どの人が、

昆虫<は虫類・両生類<魚<鳥<ほ乳類

ということになっているでしょう。
生命の構造として、人に近いものほど、
食べることに対する違和感を感じているということです。
猿を食べるとか、犬や猫を食べるというと
日本人の殆どが違和感を覚えるでしょう。
明治前の日本人は、牛を食べることや、
豚を食べることにも違和感を感じていたでしょう。
日本人が肉を良く食べるようになったのは、
明治以後の欧米文化が入ってきてからで
一般的になったのは、戦後のアメリカの食戦略に
よってのことであったりします。
それ以前は、肉といえば、魚であったわけです。

人の身体にとっても自分に近いものを受け入れるよりも
遠いものを受け入れる方が楽であったりします。
人は、生まれてから生涯、肉を食べなくても元気に
生きていけます。そう創られているのです。
肉を食べるのは、食の文化や欲による選択でしか
ないということです。
その選択は、人それぞれに判断すべきものです。
他の文化と同様に強制されるべきものではありません。

植物も生きているし生命があるということで
菜食は矛盾していると感じる人もいるようですが、
これも矛盾などなく、論理的なことであったりします。
命の定義を認識していない為に、矛盾と感じるだけです。
生命の定義をきちんと定めれば、
菜食は、論理的であり合理的なことであったりします。
もちろん単純に、人からの命としての距離という認識で
説明することもできます。

鉱物<植物<動物

ということです。
さらに、この3つは、大きく異なる存在となってます。
一部の例外はあるものの基本的に
鉱物は成長しませんし、生きるという行為がありません。
植物は成長し生きていますが、自らは動けないし、
部分を切り取られても死にません(挿し木なども出来ます)、
動物は、生きるために動きます。
単純に、この世的な見方でも大きく異なっているわけです。
それ以外の違いとして、唯物論者の方は理解できない
ものでしょうが、肉体、心・霊、魂という存在から
みたときの違いもあったりします。
神の真理が宇宙の真理であるということであれば、
神の叡智のなかに、人が生まれ死んでいくこの世の意味と
この世を生きているなかで、ベジタリアンが良いのかに
ついての説明が成されているはずです。
そして、実際に成されています。
その説明は論理的であり、合理的であって、
なんの矛盾もありません。
その内容を信じるか否かは、人、それぞれに
ゆだねられています。
ここでは、ふれないようにしますが、
ベジタリアン=菜食主義にも、
いろんな考え方があり、
いろんなスタンスがあるということです。
ノンベジであることも、また、人の選択であるのです。
そして、その選択の結果は自分自身にあるということです。

私は、残りの人生は、禁酒・禁煙・乳菜食主義で
生きて、死のときを迎えることに決めました。
そうすることが、もっとも納得できるし、気持ちが良いし、
魂が安らかになるからです。

食の選択について、より多様に対応してくれることを
学校給食や病院食はもちろんのこと、
外食産業、飲食産業のみなさんにも、実践して欲しいと
願っています。食による差別がなくなることを期待します。
残念ながら、まだ多くの飲食関連で、
食の強要(肉食の強要)が行われています。
これは、基本的人権の侵害であるともいえるでしょう。
国際化への対応としても、
ぜひ、一品、一メニューは、ビーガン向けのものを
用意しておいて欲しいとおもいます。

多様な食文化・食習慣を有する客への対応マニュアル
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/sangyou/taiou_manual.html

また、世界の食糧事情を考え、”もったいない”という
視点で、食のあり方を見直していって欲しいとおもいます。

日本には、肉食を禁止する法律があった時代もあります。
精進料理という菜食文化の極みというべきものもあります。
和菓子も伝統は菜食菓子です。
そんな、日本にあった食文化について、
もっと日本人が見直すべきであるともいえるでしょう。
日本人のDNAが馴染んだ食でないものを食べてきた戦後のつけが
アレルギー、うつ、といったものとして表面化してきているとも
いえるでしょう。

もし、健康美人、大和撫子になりたいのであれば、
日本の食文化を見直してみて欲しいとおもいます。


「いのちの食べ方」
http://www.espace-sarou.co.jp/inochi/
「食の未来」
http://syoku-no-mirai.net/
「おいしいコーヒーの真実」
http://www.uplink.co.jp/oishiicoffee/
日本ベジタリアン協会
http://www.jpvs.org/
http://www.jpvs.org/v-info/IVU/ivunews.htm
『Choices for Tomorrow (CFT) / あしたへの選択』
http://ashitaenosentaku.org/
「肉の消費減らせばCO2削減」 IPCC議長が提言
http://www.asahi.com:80/eco/TKY200809080055.html
「肉食をやめ菜食主義になれば、温室効果ガス排出量を大幅削減できる」
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2511945/3268781
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 07:45| 静岡 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | 健康・ホリスティック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
松原様

はじめまして。
あしたへの選択(CFT)の水口でございます。
グーグルの検索からこちらに辿り着きました。
貴殿の「菜食のすすめ・・・菜食主義について」を早速拝読させて頂きました。コファウンダーの渡邊ともども感動しております。とても大切なことをわかりやすくお書きになっていらっしゃり、僭越ながらたくさんの方々に読んでもらいたいと思いました。私どものウエブサイトも立上がったばかりですが、これからなるべく多くの方々に読んで頂けるようにがんばる所存でおります。そこで、松原様のこちらの御日記をOur Space(http://ashitaenosentaku.org/ourspace.html)というページで是非リンクさせて頂ければと思いますが、いかがでしょうか?もし宜しければ、リンクバナーがございましたらお送り頂いてもよろしいでしょうか?

最後になりましたが、CFTのサイトをリンク頂き、ありがとうございます。光栄でございます。

今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。

水口政美
あしたへの選択
Choices for Tomorrow (CFT)
www.ashitaenosentaku.org
Posted by 水口政美 at 2009年05月11日 14:03
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