2009年05月16日

ベジタリアンとは? なぜ、ベジタリアンなのか?

禁酒・禁煙・乳菜食で、残りの人生を生きると
固く決めたときから、
そろそろ、1年が経過したでしょうか。

ある出会いが、きっかけでした。
その出会いが、なかったら、私が今の食へのこだわりを
持つことはなかったのかもしれません。

ベジタリアンとして生きると決め早々に、
日本ベジタリアン協会の会員になりました。
ベジタリアンの食に関する情報をもっと知りたかったからです。
また、協会会員ということを言えば、
相手により理解してもらいやすくなるという想いもありました。

よく、なぜ、ベジタリアンなのかという問いや、
なぜお酒飲めないのという問いを受けます。
一応、健康のこともあってということも言いつつ、
食べられないからということ、お酒飲めないからということで
勘弁してもらってます。
根本は、人生の意味、人生観そのものに関わることで
あったりもします。
自分の心、その底にある魂の求めに、応じただけとも
いえるかもしれません。
とても、しっくりくることであり、
腑に落ちることであったというべきでしょうか。
私が、禁酒・ベジタリアンであるべき理由を
教えて頂いたときから、もう、避けることのできない
運命であったといえるのかもしれません。
本当に、出会いというのは、不思議なものだなと感じます。

さて、そんなことを思いつつ、ちょっと、
ベジタリアンについて、あるSNSにて、私の書いたものを
振り返ってみました。
折角なので、以下に、そのまま転記します。
この内容は、いまも変わりません。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
2008年08月15日

聖人や聖者と呼ばれる人のなかで、
本当に神や仏に近い存在であった皆さんは、
そろってベジタリアンでした。
それは、神の真理として、
良く生きるためには、殺生を禁じるということが
あったからに他なりません。
お釈迦様もイエス様も、ベジタリアンであったわけです。

お釈迦様は、王家に生まれたとき、ヒンズー教徒として
暮らしていたわけです。
王家ですから、戒律もきちんと守って暮らしていたはずです。
すなわち、乳菜食の生活をおくられていたということになります。
そして、悟りを得てからはフルータリアンとして、
植物の命を奪うこともなさらないような生活をおくらえていたはずです。
もちろん、お釈迦様は、お弟子さんに、そんな生活を
強要はしていなかったでしょう。
それは、悟りは、自らの修行で得るものであるからに他なりません。
さて、残念なことに、お釈迦様が肉も魚も食べていなかったのに
食べていたという誤った解釈をしてしまっている人もいるようです。
その人たちは、お釈迦様が、もともとベジタリアンであったことや、
当時のインドでは、乳菜食が当たり前であったことを
無視して、お釈迦様が、特に何も明示的に言っていないから
(お釈迦様が言ったことをお弟子が残した仏典のなかに記載ないから)
自分達に都合なよいように、解釈してしまったからに他なりません。
仏典の中には、矛盾する記載も多くあります。
それは、伝承のなかで、誤って伝わってしまったものが
あるからに他なりません。より厳しい修行を送っていたことを思えば
厳しい方向に解釈するのが当然なことだと思います。
そうすれば、殺生を禁ずること、
見聞疑の三肉を食することを禁じていることが、重要です。
托鉢も、当時は、信者が、お坊さんに、肉類を捧げることなど
あり得ない時代であったはずで、当たり前のことだったので
記載されることもなかっただけでしょう。
お坊さんに死骸を捧げることなどないでしょう。
もし三肉が捧げられたなら、それは殺生もの以外にはないと
判断するのが当然です。そうであれば、それは断り受け取らず、
信者に、殺生の罪を犯させないように諭すことこそが
仏門のあるものの行うべき行動であるといえるでしょう。
神や、仏に、近づきたいと望むのであれば、
殺生をしない生活をおくることが必要になります。
それは、まず食としては、最低限、乳菜食の生活をおくることに
なるといえるでしょう。
もっとも、さらに高いレベルの魂をもった聖者は、
フルータリアンであったと思います。
宗教とベジタリアンとは、密接な関係にあると言えるでしょう。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
2008年08月12日

日本におけるベジタリアンの歴史は、
仏教の伝来より始まるのかなという感じでしょうか。
実質的には、それ以前により、日本人は、農耕民族であったわけで、
海や川からとれるものと、農耕により得られるものを
食べていたわけで、セミ・ベジタリアンであったといえるでしょう。

仏教の伝来により、”殺生をしてはならない”という教えから、
僧侶は、菜食をするようになったわけですが、
庶民もまた昼食などは、精進料理を取るようになったと
いわれています。

長年の食文化は、日本人の消化器系が、その食文化にあうように
身体を変化させてきました。
日本人の消化器系における酵素や菌の存在、また栄養の摂取の
方法なども、日本食文化にあわせたものになっています。
それは、100年、200年程度で変わるものではありません。
戦後に、アメリカの戦略から、学校給食がパンになったり、
肉食をするようになったりした結果、日本人の身体は、
体質にあわない食をしてきたわけです。
その結果、アレルギーの増加や、病気の変化、また、
うつ病などの増加といった形となって出てきていると言えそうです。

日本人には、日本人にあった食生活の中で、
体力をつけていくことが、必要とされているでしょう。
その意味では、せめて、セミ・ベジタリアン生活をすることが
食育のなかでも、求められているような気がします。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
2008年08月11日

さて、ベジタリアンにも、いろいろあったりします。
その目的も、理由も、さまざまです。
最近では、環境問題や、食糧問題への解決のために
ベジタリアンのライフスタイルをとっている人もいます。
ロハスのなかでも、同様なことがいえるでしょう。
宗教的な理由をもっている人もいますし、
純粋に健康上の理由をもっている人もいます。

ビーガン (Vegan)、
ピュア・ベジタリアン (Pure-Vegetarian:純粋菜食)
といわれるみなさんは、
動物の肉(鳥肉・魚肉・その他の魚介類)と卵・乳製品を食べない。
動物製品(皮製品・シルク・ウール・羊毛油・ゼラチンなど)を
身につけたりしない。というみなさんです。
その理由は、動物に苦みを与えることへの
嫌悪、動物への愛護の気持ちからです。
その中でも
ダイエタリー・ビーガン (Dietary Vegan)とよばれる
食用以外の動物の利用を必ずしも避けようとしないみなさん。
フルータリアン (Fruitarian) とよばれる、
植物を殺さない(絶やさない)食品のみを食べる
というもっと制約を大きくしている
みなさんなどがいらっしゃいます。

ラクト・ベジタリアン (Lacto-Vegetarian:乳菜食)
といわれるみなさんは、
植物性食品に加えて乳・乳製品などを食べる人たちです。

ラクト・オボ・ベジタリアン (Lacto-Ovo-Vegetarian:乳卵菜食)
といわれるみなさんは、
植物性食品と乳・卵を食べる人たちです。

ペスクタリアン (Pescetarian)、
ペスコ・ベジタリアン(Pesco-Vegetarian:魚乳卵菜食)
といわれるみなさんは、
植物性食品と乳・卵に加え魚介類を食べる人たちです。
フィッシュ・ベジタリアンともいわれます。

デミ・ベジタリアン(デミベジ)、セミ・ベジタリアン、
オールモースト・ベジタリアン。
といわれるみなさんは、
魚介類のほかに鶏肉などを食べる人たちです。

日本人は、もともと、セミ・ベジタリアンであったと言えるでしょう。

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多様な食文化・食習慣を有する客への対応マニュアル
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/sangyou/taiou_manual.html
「いのちの食べ方」
http://www.espace-sarou.co.jp/inochi/
「食の未来」
http://syoku-no-mirai.net/
「おいしいコーヒーの真実」
http://www.uplink.co.jp/oishiicoffee/
日本ベジタリアン協会
http://www.jpvs.org/
http://www.jpvs.org/v-info/IVU/ivunews.htm
『Choices for Tomorrow (CFT) / あしたへの選択』
http://ashitaenosentaku.org/
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 06:07| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・ホリスティック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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