2009年10月27日

平成の松下村塾

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 今日は、松陰忌、松下村塾の吉田松陰の命日です。
明治維新の礎となる若者を育てた場所が、松下村塾であったと
いえるでしょう。吉田松陰は、安政の大獄で、わずか29歳で
この世を去ってしまいます。無念であったこととおもいますが、
なすべきことをした誇りももっていらしたことでしょう。
明治維新は、大きな変化を日本にもたらしました。
その変化の内容には、正しいこともあったし、
過ちであったといえるものもありました。
しかし、それは歴史の流れた今であるから判断できることで
あるといえるでしょう。
当時の人々に、なしたことが、本当に間違いではないか
確実なことは言えなかったとおもいます。
しかし、少なくとも、今よりも良い時代にするという
信念にはぶれはなかったことでしょう。
 21世紀、平成の世となったいま、
世界は大きく変化してきました。
そして、日本も、開国という明治の変化、
終戦という昭和の変化を経て、
新たな変化が必要なときを迎えています。
環境、老齢社会、少子化、経済、福祉、・・・・
国民の心が豊かで、幸せな生活をおくれる社会に向かって
経済成長の限界を迎えたなかで、
どう変化して、未来を見据えていくのかが
問われてきているといえるでしょう。
 平成維新、過去の変化のときの失敗も教訓として
未来を見据えたビジョンを掲げて、
国民ひとりひとりが、歩み出すことが求められている
そんな時代であるといえそうです。

過去の2回の変化は、明治政府、占領軍という
上からの変革によってなされました。
しかし、日本に今、求められている変化は、
上からの変革だけでは、成し得ないものとなっています。
そう、市民パワーによる変革、
国民、市民、住民からの変革が、必要とされていると
いうことです。
政府から与えられるのを待っているのでは、
もう理想の実現は成し得ない時代になっているということです。
すでに、変化を実現した自治体は、
政府の支援を断り、自ら歩み出したところばかりです。
それらの成功事例をみても、市民レベルの変革が
なければ、何も変わらない時代であるということが
はっきりといえるのだということでしょう。
つまり、苦しい社会にするのも、幸せな社会にするのも
市民の選択次第だということなのです。
それは、自治体のリーダーを選ぶ選挙であり、
議会の議員を選ぶ選挙での選択でもあるのです。
最近の地方選挙、参院の補欠選挙も、投票率が30%以下、
これでは、どんなことをされても文句はいえないと
いうことになってしまうでしょう。

 日本においても、市民パワーによる変革が可能であること
その実例を、私は知る機会を得ました。
それが、平成の松下村塾ともいわれる一新塾での学びでした。
現場主義を貫き、まず問題の現場を自分の目で確かめること
そして、問題の根本原因を探りだし、
それを解決するために、どうすべきなのか、
どうして解決しなければならないのか、
解決した先の姿はどうあるべきなのか、
ビジョンを定め、仮説をたて、実行し、検証し、見直していく
その歩みのなかで、目的に近づいていく、
そんな事例を、間近で知る機会をもつことは、
やはり、とても有意義なことであり、
大切なことであると感じます。

 市民として、出来ること、それを考えてみる
一新塾だけでなく、身近な興味のあるNPOやNGOに
参加してみたり、地域のコミュニティ活動に参加してみたり
ボランティア活動に参加してみたり、
ともかく、一歩、ふみだして、体験してみることが、
大きな変化への始まりとなるということだとおもいます。
生涯学習活動、自治会活動、消防団、自警団、
PTA、サークル、バサー、介護支援、・・・・・
自分の出来ることは何か、興味があったら、
出来そうもないとおもわずに、出来るかもしれないと
おもって、試してみることが、とても大切であると
いうことです。

NPO法人の政策学校一新塾15年記念映像

NPO法人の政策学校一新塾10年の歩み
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 06:51| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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