2010年04月29日

昭和の日に思う

 昭和天皇の誕生日を記念して、昭和の日になりました。
祝日の趣旨は、
「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、
 国の将来に思いをいたす」
というものです。
 ぜひ、明治の日、大正の日も、祝日にしてほしいなと
思います。
 昭和を振り返るというと、
やはり、戦争の歴史からとなるのでしょう。
終戦65周年の今年、昭和のことを思い返しながら
平和について、家族の絆について、
考えてみるのもよいのではないでしょうか。

☆昭和館
http://www.showakan.go.jp/
4月29日(木)は、7階・6階 常設展示室(有料)を入場無料。

☆国営昭和記念公園
http://www.showakinenpark.go.jp/
緑のフィールドコンサート
4/29(木・祝)11:00〜12:00、13:30〜14:30

1926年12月25日から(昭和元年は、わずか6日間)
昭和64年(1989年)1月7日までが、昭和の時代です。

第一次世界大戦、関東大震災のあと、昭和のはじまりは
昭和金融恐慌からはじまり、満州の利権拡大を目指すことに
なっていく、昭和3年に、パリ不戦条約を調印している。
国内では、いわゆる赤狩りがはじまっていく、
三・一五事件、に四・一六事件など。
昭和4年、世界恐慌がおこり、それが契機となって、
昭和6年には、満州事変が勃発し、満州国を建国するに至る。
五・一五事件、二・二六事件をへて、政党内閣は終焉を迎え
昭和12年、盧溝橋事件より、日中戦争(支那事変)に突入し
第二次世界大戦が勃発、アメリカの通商条約破棄から。
三国同盟を締結へと進み、ABCD包囲網による経済封鎖に
絶えられなくなり、国内では、南進論と北進論が
衝突し、日ソ中立条約締結へと至り、
太平洋戦争へと突入していくことになる。
昭和18年10月、大東亜共同宣言を発表。
ミッドウェー海戦以後、戦局は変わり、
昭和19年7月サイパン島陥落、昭和20年3月10日東京大空襲、
昭和20年は、日本の国土が地獄になった年だといえそうです。
名古屋大空襲、大阪大空襲、神戸大空襲、
5月横浜大空襲、6月静岡大空襲、7月北海道空襲、8月富山大空襲、
4月1日米軍沖縄本島上陸・沖縄戦6月23日終了。
昭和20年7月26日連合国がボツダム宣言を発表、
その直後に、アメリカは、広島と長崎に原子爆弾を投下する。
ソ連が、中立条約を一方的に破棄し、満州・樺太・千島へ進行開始。
8月15日、天皇の玉音放送が国内に流れ、
日本はボツダム宣言の受諾を表明する。
しかし、ソ連軍の侵攻はとまることなく、地上戦終了は、
8月23日であったという。
9月2日に、日本と連合国間の休戦協定が調印される。
以後、日本は、連合国の軍事占領下におかれる。
GHQ主導の改革が進まれていくことになる。
昭和21年(1946年)には現代かなづかい・当用漢字が制定され
文語記述の時代が終わりを告げることになる。
昭和26年にサンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約を
締結し、本土の占領は終了するが、米軍駐留は続くことになる。
さて、当時、日本語のローマ字化がGHQにより行われようとして
なんと、新聞は賛成したらしい。戦争突入も新聞の後押しが
あったからであり、新聞の過去の罪は、もっと白日の下に
さらすべきであるように感じる。米ソ冷戦時代の始まり、
中国革命の進展と朝鮮戦争の勃発によって、日本の歴史は
大きく変化することになる。まず米軍の占領政策が変わり、
非武装中立国を目指すというものが、米陣営の拠点国にすると
なっていったわけで、自衛隊もその転換の結果の産物であると
いえるだろう。レッドパージ。
下山事件、三鷹事件、松川事件など、
1952年1月18日に韓国が竹島、対馬の領有を主張。
昭和30年代からはじまる
戦後の高度経済成長時代は、中東戦争によるオイルショックまで
続くことになる。
東京タワー完成、東海道新幹線開業、名神高速道路開通、
東京オリンピック開催、日本万国博覧会開催、・・・・
いざなぎ契機、三億円事件、全共闘運動、よど号ハイジャック事件、
三島事件、札幌オリンピック、あさま山荘事件、山陽新幹線、
沖縄返還、第一次石油ショック、ロッキード事件、
日中平和友好条約、第二次オイルショック、東北新幹線、
上越新幹線、東京ディズニーランド開園、日本海中部地震、
NTT、JTの発足、つくば科学博、日航機墜落事故、バブル景気、
国鉄分割民営化、青函トンネル開通、瀬戸大橋開業、リクルート事件、
・・・・・
キーワードを主なものをなれべてもいろんなことが
あった時代であるといえるでしょう。
昭和は、丙寅の年に始まって、還暦を越えて続いた時代で
あったわけですが、これは、中国でも康熙だけということで
長い時代であったともいえるでしょう。
今年は、庚寅の年です。昭和25年生まれの皆さんが還暦と
いうことになります。朝鮮戦争が始まった年でもあったりします。
日米安保も来年還暦、そろそろ引退してもらってもよいような
気がします。

しかし、昭和の後半を生きてきた自分の人生を振り返ってみても
非常に変化の激しい時代であったように感じます。
私の生まれる前に、映画が全盛時代を迎えていて、
東映・大映・松竹・東宝・日活のメジャー5社により
毎週新作が2本平均で上映られていたというのですから、
私が生まれたころにはテレビによって、映画は既に衰退していたそうです。
テレビも、VHS白黒時代、から、UHF増えカラーになり、
BSがはじまるという変化があったわけですから。
ゲームも、インベーダゲームの大流行から、ファミコンの登場があり、
家庭での音声映像の記録も、オープンリールデッキ、8ミリフィルムから
LLカセット、LPレコード、ウォークマン、家庭用ビデオデッキVHS&β、
CD、VHD/LD、MD、8ミリ、DVD、BR、SD、と小型化大容量化が進み、
電話も、ポケベル、自動車電話、携帯電話と、
パソコン通信、インターネットが出てきてと、
まあ、いろいろ変化してきたものであったりします。
昭和生まれの世代は、平成生まれの世代に何を伝えていけるのか
きちんと考えていきたいものだとおもいます。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 07:20| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック