2010年08月31日

野菜の日 〜 菜食で生き、そして逝こう


 8月31日は、やさいの語呂合わせで、
昭和58年に、野菜の日とされたそうです。

ちなみに、葉月の旬は、次の食材ということです。
トマト、茗荷、茄子、蒜、冬瓜、干瓢
果物では、葡萄、梨、無花果、とのこと。

 野菜だけ、食べていても、人は健康で元気で、
活動的に生きていけることは、既に医学的にも
証明されてきています。
 なによりも、歴史上の聖者は、皆さん、
菜食主義で生きていらっしゃいます。
そう、菜食で生き、そして逝かれた人生を
おくられていたのです。
 お釈迦様も、イエス様も、生涯にわたり
菜食であり、禁酒であったわけです。
よく、それを否定する人がいらっしゃいますが、
それは、自分が、または、それを否定した人が
菜食をやめたかったり、禁酒をやめたかったという
欲望や煩悩に負けたことを、許して欲しいという
自己肯定のために創りあげた話ばかりです。
 神や仏を信じ、強い信仰心と信念をもたれた
聖者が、禁忌を破ることなど有り得ないでしょう。
 非菜食は、殺生の禁を犯すものなのですから。
日本の仏教も、もともと菜食を出家信者は
していたのに、明治以後の近年になって、
なぜか、禁忌が緩むことになってしまい、
それまで行ってこなかったことを行うように
なってしまっています。
それぞれの開祖からみれば堕落以外のなにものでも
ないのですが、それに目をつぶっている時点で、
神や仏との関係性は薄れてしまっていっていると
いえるでしょう。
今や、きちんと禁忌を守っている寺院は、
非常にすくなくなっているようです。
それでも、まだ残っていることが、崩壊への歯止めと
なっているのだといえるかもしれません。
 菜食、禁酒、出来る人は行った方が、
人生を得することになるのでお勧めですが、
出来ない人は無理をすることはありません。
来世か、その先に、必ず行うことになる人生を
歩むときが来るはずですので。
 ただ、少なくとも神や仏と関係性を持てる人は
菜食であり、禁酒であるはずです。
信仰の質と、神・仏とのつながりは、
まず、それで判断することが可能です。
ノンベジで、酒好きであったら、神とも仏とも
無縁な人ということです。(魂のレベルにおいて)
なぜなら、その行為はカルマを増やす行為であるの
ですから。


「多様な食文化・食習慣を有する外国人客への対応マニュアル」
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/sangyou/taiou_manual.html
 観光庁は、GWの分散化よりも、このマニュアルのホテルや飲食店への
 徹底と啓蒙にもっと力を入れて欲しいものです。

「いのちの食べ方」
http://www.espace-sarou.co.jp/inochi/
「食の未来」
http://syoku-no-mirai.net/
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 20:01| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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