2010年10月18日

統計の危うさ

 明治3年9月24日(新暦の1870年10月18日)に、
近代的統計としての「府県物産表」に関しての
太政官布告が公布されたことに由来して
統計の重要性を国民に理解してもらおうと制定された日が
統計の日だそうです。
統計データは、確かに重要な指標となっています。
データは、現状の分析や、変化の流れを推定するにあたって
非常に有効であり、物事の検証においても重要な意味を
持つものであることに間違いありません。
ただし、統計データは重要ですが、そのデータをどう解析し
どう扱うかについては、多分に恣意が入ることのできるものであり
最近の報道統計などは、その信頼性が疑わしいものも
多くあったりします。
つまり、データはあくまでもデータでしかなく、
しかも、そのデータの統計方法、収集方法、収集条件、などに
よって、解釈において充分な注意が必要であるということです。
国民に必要なのは、統計情報を含めた情報に対するリテラシーを
高めていくことであるといえるでしょう。
メディアの作り出した情報に惑わされないことが大切だと
いうことです。
統計データも、一部分を取り上げてまとめたりすることで
いろんな結果を誘導することが可能であったりします。
本当に信頼できる結果なのか、データの要素そのものは
真実であるとしても、その処理の仕方は、真実を伝えているとは
限らなかったりすることもあるというわけです。
特に多様性のあるものについては、全体傾向を捉えるにあたり
注意が必要となります。
視聴率なども、メディアや視聴者の嗜好の多様化が進むなかで
その意味が異なるものになってきています。
また、統計情報に関する評価や価値についても、
変化していることを認識しておくことが重要であるといえるでしょう。
30年前と今では、同じ統計情報でも異なる意味を持ってくると
いうことがあるというわけです。
 統計については、学校教育の場で、もっと具体的な事例を
交えたかたちで、教えていくことが必要であるという気がします。
社会の今を理解するための知識を教える時間が、学校において
少なすぎるといえるのではないでしょうか、
英語などよりも、重要なことだと思うのですけどね。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 12:44| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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