2010年12月29日

日本を弱くしている欧米コンプレックスは解消されるのか・・・

 義務教育で、英語を教えている英語が母国語ではない国は
いったいどのくらいあるのでしょうか。
英国植民地であった国は別にすれば、日本くらいではないのかなと
思ったりもします。
まあ、戦後の日本は米国の属領のようなものだから、
仕方がないのかもしれません。
 日本人が、大和魂と失っていった要因には、
欧米へのコンプレックスがあるのかもしれないと、
英語を宝物のように言う意見や、日本はダメだという意見を
見聞きしていると感じます。
 経済優先でいくと、どうしても欧米の優位がちらつくことになるのは
仕方がないところではあったりします。
しかし、精神論や哲学では、アジアの方が実は優れているのに
なぜか、欧米哲学ばかりが注目されていたりします。
 コミュニケーションにしても、阿吽の呼吸や、目と目で分かり合える
そんな絆がある世界であれば、あまり重要なものではなくなるのは
当然の流れであり、絆が薄い文化圏であり世界である場所ほど、
コミュニケーション技法が進歩しているということですけど、
なぜか遅れている世界に憧れてしまっているようです。
 ディベートや交渉では、結局のところ、どれだけ性根が座っているか
が重要であるのだといえるように感じます。
明治維新の若者には、性根があったから、気後れすることなく
外国と渡り合えたのでしょう。
しかし、戦後の欧米化教育のなかで、大和魂は朽ち果て、
日本に生まれながらも日本のことを知らずに育っていった若者が
欧米にひれ伏す社会になっていってしまったのかもしれません。
 英語が話せないことなど、何にも恥でもなければ、問題でもないと
言い切れる精神が、日本人には戦前にはあったはずなのですが、
最近は、流されることを選び、自ら漕ぎ出すことにリスクを
感じて躊躇することの方が、正しいといった感じになってしまって
いるかのようです。それは企業においてもメディアにおいても
政治においても同様なように感じられます。
 ヨーロッパが母国語以外にまず学ぶのが、ラテン語であるように
日本では、日本語の次に学ぶのは、古文であり漢文であるということ
なのではないかと感じます。外国語はその後で充分であるということです。
 英語が出来ないと国際競争に勝てないというのは、
英語圏の土俵で戦っているからであり、実は既にその時点で負けていると
いえるのかもしれません。
 強い精神を育てるためには、やはり徳育の充実が必要でしょう。
英語を学ぶことは意味のあることですが、必要になったところで
学べば充分に間に合うものでもあるということを知るべきです。
日本の中で暮らしている間は、日本語と日本の文化こそをしっかりと
学ぶことが大切であるといえるでしょう。
そろそろ敗戦国の敗戦気質から脱皮していかないと、
日本は欧米の思惑通りにダメになっていくことでしょう。
 自国に誇りを持てない民族が、世界においてリードする立場に
立てるはずなのないということを認識する必要があるように感じます。
世界をリードする国際人は、自国に誇りをもっていますし、
自分を育てた文化や家族を愛しています。
すなわち、しっかりとした基盤をもっているということです。
基盤が脆弱な日本人が、国際人として、戦っていけるのか、
甚だ疑問な気がします。
 本当に大切なものは何なのか、見失うことのない目と
心を、しっかりと育むことこそが、子どもの教育の現場では
重要であるということではないでしょうか。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 08:20| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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