2015年11月01日

アッサラーム アライクム

アッサラーム アライクム
日本ムスリム協会
第17回「信仰を語る会」
◆講師:アミーン水谷周 氏
 (日本ムスリム協会理事)

参加メモ

「アッラーについて」
◎何か?
・具象、多元の神からの峻別。
日本人的感覚からの脱皮。
・宇宙全体の力の源泉、哲理的存在
その存在を覚知するのは霊性。
霊性を理解できることが第一歩。霊性は誰にでもある。
・擬人化の誘惑に勝つ、克己の決意が必要。
・現代社会の多くの縛りから自らを解放する意識から出発=赤子の自分に帰る意識、生まれたときに立ち戻る。
・不可思議から驚き、生かされていることへの感謝、存在させてくれる力、根本力への感謝。心の体操をする中でアッラーを考える。
・形なきシステムであり、存在の総体、単一性に三側性、種種の本質も属性も一つ。支配者として、崇拝対象として、一つ。
・アッラーは光でもある。
・アッラーの尊顔は満月のよう。
アッラーをムスリムは求めている。
天国へ行くときには尊顔を拝める。

◎覚知法
・99 の美称でアッラーは語られていて感覚的に知る、アッラーの為の形容句
・5つの理性的な方法=5つの方途、自然美、人生の不可思議、フィトラ(天性)のあること、導きの効果、預言者の存在から覚知する。
・直観力、直覚力が決めてである
心が熟している必要、救済を求める世の不可思議を見る素直な心。
・直観力は天性のもの、霊性。宗教的な天才が預言者であり、その言動に従うことで手一杯。
・求めていることが必要
心が熟している必要がある。
人が生きていることへのまっすぐな問いかけの中で見出す。

◎真実を信じること
・六信仰箇条
アッラー、見えざる天使や悪魔、預言者、啓典、最後の審判、天命。
中軸がアッラーそのもの。
これら全体を真実として不動の信念とすることが信仰。アッラーが信仰の中心であり、信仰はアッラーを中心とすること。
・信仰の功徳
真実=安心感、心の安寧=全体をみるバランス感覚、篤志の道=生きがい、自らの小ささ=謙譲他倫理道徳。
信仰なき道徳は処世術にすぎない。
コーランの中には、かなしむなかれという言葉が出てくる、それは、かなしむこと=アッラーを信じてないことであるという意味であるから。

◎アッラーと人間
人は格別の配慮で創造された。
試練に耐えることが使命となった人間、これが天使以上の存在である人間の尊厳の根拠となる。
人間の尊厳とは、人権とは違う。
そもそも人がいる理由として、アッラーを覚知しなければならない。

リューダ=霊懆
が大切である。

『イスラームの善と悪』より
前回は、禁欲と強欲についてのお話しであったとのことです。
前回の内容の紹介がちらしにありましたので、引用します。
ーーー以下、引用ーーー
1. 前回はイスラームにおける禁欲と強欲についてでした。
ア.禁欲
 アッラーに否定されずに認められているものに二種類ある。一つは篤信を深めるもの、もう一つは篤信と関係ない事柄。禁欲が成立するのは後者についてのみ。アッ
ラーに認められていないものを回避することは忌避という。イスラーム法上の義務、勧奨、任意、抑制、禁止という五段階と異なり、倫理道徳では善と悪の二分割、そし
て善には最大化すべき部分と自粛すべき部分があるという構造であり、概念上は倫理道徳規範と法規定とは別世界。
禁欲という徳目の存立原因は、人の野望や欲望は切りがないからで、それらはアッラーを亡失させるからだ。欲望を抑えるようにとの教えは、クルアーンに満ち溢れてい
る。
「(本当に人間は)富を愛することに熱中する。」(進撃する馬章100:8)
イ.強欲
強欲かどうかは自分で考える他に方法はない。もちろん究極的には、アッラーがご覧になっているということは忘れられない。自分で考える際の一つの指針をこの悪徳の
教えの中に見出すことが倫理綱領としての役割である。
ーー引用終わりーーー

今回のお話しは、
「感謝」と「恨み」
についてでした。

◎感謝 シュクル
言葉、心、手の動作などの手段を用いる。
すべての恵みや与えられた恩恵に対して行なわれる。
一般的なものに対してではなく、特定の個別の事柄に対するもの。
人がアッラーに対してするものであり、アッラーが人に対して行うものでもある。天地創造といったものに対して行うの感謝ではなく称賛である。称賛は特定の言動に対
するものとは限らず素晴らしい特性一般に関して行なわれる。人がアッラーに対して行なうもの。称賛は言葉と心で行なわれ、手の動作などは含まれ無い。手を広げて上
にあげる行為は恵みを受けることを示すもの。感謝はクルアーンに頻出している。感謝はアッラーの元で行なわれる。アッラーに感謝すべきものについて感謝すること
は、アッラーからみて正しいことをしているので善行をなしたと評価される。善行をなしたということで自分のために感謝するのも同然と考えることもできる。侍化され
るとは感謝しあげることにもなる。

◎恨み
感謝の反対は感謝しない=クルフ、は、アッラーの恵みに蓋をするという意味であり悪徳ではないが徳目にもならない行為のことになる。
感謝の美徳に対比しうる悪徳が恨みとなる。恨みは心のあり方の一つ。
不平不満を忘れないこと=恨み。
恨みの要素
・憎悪という強い嫌悪感
・報復したい加害したいという願い
・嫌悪と加害の心を堅持して、それに幻想を交えたり、刺激を与えたり、互いに時間をかけて増幅させる働き。
クルアーンの教え=恨まないようにすべきこと
・他の人の得たものを羨ましく思わない。
・恨みの心を胸の中に持たない
・人が悪を仕掛けても、一層善行で悪を追い払う
・人の悪口を広めてはいけない
・人の善いところを見つけなさい
・誠実さ、忍耐を持つこと
・心の中の怨恨、拘りを除くこと
ムスリムの教えでは、
慈悲を持って憎悪を駆逐すべきであると言っている。
不平不満を持たないことが必要とされている。




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posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 06:16| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 科学・文明・学術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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