2016年06月20日

健康と霊性の関係

「健康と霊性の関係」

 健康でありたい。誰もがそう願っているのではないでしょうか。
高齢社会となり、福祉や社会保障の観点からも健康に関する取り組みが
重要なものになってきています。
多くの人が、健康のまま逝くことが出来たなら、
社会保障にかかるコストの増大も回避することが出来ることでしょう。
よくメディアや政治家で取り上げられる社会保障と老齢社会の問題では
増大していく費用を、どの様に捻出していくのかという視点が多く
増大させないためにどうすべきなのかという視点が少ないように感じます。
「ピンピンコロリ」という言葉を聞いたことがある方も
いらっしゃるのではないでしょうか。
人は誰もが死の時を迎えます。逝くその時まで元気でいたい。
それこそが理想的な姿ではないのかっと言うことです。
であるならば、健康について、もっと考えていく必要があると言えるでしょう。

WHO憲章の前文における「健康」の定義は、
「Health is a state of complete
physical, mental and social well-being
and not merely the absence of disease or infirmity. 」
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、
 肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが
 満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)」
となっています。
しかし,1998年にこれではまだ不足ではないかとして
WHOに提案されたものがあります。
その定義は、
「Health is a dynamic state of complete
physical, mental, spiritual and social well-being
and not merely the absence of disease or infirmity. 」

 これは、健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、
肉体的にも、精神的にも、霊性的にも、社会的にも、
すべてが、動的に関連するなかで、満たされた状態にあることだと
いうことを示唆するものだと言えるでしょう。
4つのポイントと、それぞれに関連する事象を考えて
並べてみると...

社会的に健康であるということ
 =衣食住環境、教育、労働、権利と義務、絆
 =夫婦関係、親子関係、家庭環境、親族関係、師弟関係
 =人間関係(近所、地域、学校、会社、自治体、・・・)

肉体的に健康であるということ
 =身体の健康=物理的生物的な正常な機能動作=成長
 =運動、睡眠、飲食
 =怪我、病気、バラン

精神的に健康であるということ
 =心の健康=知情意、理性、感情
 =欲望、ストレス、ク―ラン、ブラックマジック

霊性的に健康であるということ
 =魂=ジッ制御レベル=脳活用レベル
 =カルマ、徳分、シャクティ、バラミ―
 =チャウカムナンウェ

これは、ひとりの人間としての健康を示すわけですが、
実は視野を広げて考えるのであれば、
法人や組織、団体、国家に対しても言えることではないでしょうか。
日本人は擬人化が得意ですが、
まさに、擬人的な視点をもって考えることの中に
健康で健全な社会、国家、世界があると言えるように思います。
平和や安全、安心を考えるとき、
やはり、利己心ではなく、利他心が中心となるべきであり
その考え方がそれぞれのレベルで当り前になっていくのであれば
すべては良い方向に向かっていくと言えるのではないでしょうか。
それらのバランスの根源を支えるものは何なのか、
聖者レベルの方を除くとしたら、
実は、それこそが、信仰心であるような気がします。
神の叡智と神の法の下にあって、
まだ幼き人の心を支える核心と言えるものが
信仰心であると言えるでしょう。
宗教というものは、実は信仰心を支えるための器でしかなく
単なるツールであるとも言えるわけです。
信仰心の質とレベルに応じた器を
神は用意されて下さっているのだと言うだけのことで
あったりするわけです。
神を知り、信じることすら不要になったなら、
信仰心というものすら意味のないものになってしまいます。
ただ、霊性をそのレベルにまで高めることは
とても難しいことであるわけです。
神の叡智を知ったからといっても、
それを体現したことにはなりませんし、
会得したことにもなりません。
叡智を自然体で意識することなく実践することが出来るようにならなければ
悟りの境地、解脱へと至ることはないのですから。
健康ということを考えるのであれば、実は、

 社会的 < 肉体的 < 精神的 < 霊性的

という感じの優先度になっていくと言えるかもしれません。
より高次元という意味においてです。
高次元のレベルで健康であれば、
多くの場合、低次元の健康は付随してきてしまったりもします。
ただし、それを実感することは、
また難しいことでもあったりするのですが・・・・。
人は、ひとりひとり異なる存在です。
従って、健康もまた、異なるということになってしまいます。
それぞれが、自分自身にとっての健康のあり方を
考えていくことが、大切であるということなのかもしれませんね。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 22:50| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム:神の叡智から学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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