2018年03月24日

科学の行く先・・・・・・


ホーキング博士が逝かれました。
今ごろ、肉体を離れた存在になり、
自らこの世界ではない別の次元の世界を
実感していらっしゃることでしょう。
近年、ノーベル賞での話題の多くが、
遺伝子関連か、素粒子、重力波関連というミクロであり
マクロなものとなっている感じです。
自然科学の分野が細分化されてきたのは
産業革命以後の大学の充実によるところが大きかったりします。
中世時代は、錬金術師や魔女といった感じの人たちが
科学や工学、自然科学の先端をになっていたわけです。
そこでは、目に見えないものの存在も認識されており
その様な存在の意図や意思についても考えられていました。
しかし、産業革命という技術革新と便利さの享受のなかで
心よりも物質、お金という形あるものへと
関心が傾斜していき、富優先の世界へと変貌していったと
いうわけです。
そんな中で、神や精霊の世界は、
物質世界と分離されていくようになりました。
自然科学は自らの世界を小さくしていったわけです。
唯物論や共産主義の登場もまた物質中心主義を加速させました。
科学技術、工学技術の進歩は、人々の生活を豊かにする一方で
精神的なものを置き去りにしていったともいえるでしょう。
しかし、科学の世界も、目に見える世界、
物質世界だけでは、捕らえることのできない世界へと
領域を広げようとしています。
物質の根源、生命の根源というミクロであり中心である世界と
宇宙というマクロであり包括的な世界についてです。
人の持つ能力についてもまた見直しが必要になってきています。
西洋医学的な分析では解明できない事象が
東洋医学やヒーリングなどで発生しています。
多くの臨床データが、西洋医学では理解できない結果を
記録しているのです。
自然科学においても同様です。
しかしながら、現在の科学や医学の世界にいる人たちの
多くは、その領域について、見ないふりをしています。
事実を事実として捉えないようにしているともいえるでしょう。
しかし、その様な態度では、この先の進歩はないでしょう。
本当に真理となるものを知りたいのであれば、
既成の概念の壁を破ることが必要になっているのです。
事実を事実としてみとめ、正面から捉えることから
はじめなければなりません。
現在、日本物理学会の大会が開催されています。

第73回年次大会(2018年)
東京理科大学野田キャンパス
千葉県野田市山崎2641
2018/3/22(木) ~ 3/25(日)
http://www.rs.tus.ac.jp/jps2018tus/map.html

多くの若き研究者たちが、その学びと研究の成果を
発表し情報を交換する場です。
また、大学をはじめとした物理の研究者たちが
それぞれの研究経過や成果を報告する場でもあります。
そこで、物理学がこれまで触れてくることがなかった
現象について、報告する予定です。
無から有を生じる物質化現象の存在と、
その現象が事実であり、科学的なアプローチの
対象として、普遍性、客観性、再現性においても
充分なものであるということをお伝えすることになります。
目にみえる質量存在のない空間に
目にみえる質量をもった物質が出現する現象が
確かに存在しているという事実です。
この事実をどう捉えるのかは、
それぞれの考え方次第であるわけですが、
まぎれも無い事実として存在していることは
誰にも否定は出来ません。
否定するということは、
りんごが木から落ちるのをみて、
りんごは木から落ちていないということであり
天体の観測データから地球は廻っているといった
ガリレオを糾弾しているのと同じであると
いえるでしょう。
現状に固執して真理を求めない道を選ぶのか
それとも、現実をしっかりと見据えて
真理を求める道を選ぶのか、
問われる時代が来たということなのだと思います。
私は、現実をしっかりと捉えて
真理の道を歩む方がすばらしいと思います。
だって、その方が、未来志向ですし
そこに何があるのか、ワクワクするではありませんか。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 07:24| 静岡 ☀| Comment(0) | 科学・文明・学術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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