2018年06月01日

禁忌について

禁忌について

禁忌、タブーという言葉に対するイメージは
現在の日本社会においては、都市伝説と同じようなレベルに
陥ってしまっているような感じがします。
正しく理解できていない方が大半ではないのでしょうか。
それは、人々が信仰心や畏敬の念を
持つことがなくなってきていることでもあるのでしょう。
それは、社会として悪い方向に向かう予兆であり、
不幸がより多くなっていく流れでもあります。
また、利己主義、個人主義の比重が高くなって
相手を思いやったり、利他の心で接したりすることが
出来なくなってきているということでもあるでしょう。
その結果は、霊性修行どころか、地獄への道と
なってしまっていることでもあります。

ネットで、禁忌について、和のこころを踏まえた上で
書かれていた方がいらっしゃいました。
とても良いことだなっと感じました。

日本のタブー(禁忌)
https://wajikan.com/note/taboo/
女人禁制と女の穢れの関係
https://wajikan.com/note/nyoninkinsei/

しかし、その内容については、
それなりの解説ではあるのだけれど
本当に大事な部分の説明がないのが残念でした。
この様な情報をネットに公開するような方でさえ、
深い叡智について学ぶことが出来ていないのが
日本の現状であるのだなっと感じたのでした。

この解説のなかでは、
禁忌については、3つのパターンがあると説明されていました。
大雑把に言えば、
1.不作法となるもの
2.損になるものという日常の生活上の知恵
3.精霊崇拝と神道的信仰からくるもの
となります。
1と2は、儒教的な礼節や慣習、日本の礼儀作法に関連する知恵、
生活の知恵といったものが、忘れてはならないこととして
禁忌として伝えられているというものとされています。
3については、あまり内容について触れられていませんでした。
女人禁制の方で、仏教伝来と広がりの中での
日本古来からの女性リーダー中心から男性中心への変化の歴史と
あわせた形での説明の中で少し関連することに
触れられてはいましたが、信仰心という視点と
スピリチュアル的な存在についての視点からの説明は
ほどんどありませんでした。
また、仏教についても、日本に伝来してきた仏教が
本来のお釈迦様の教えとは異なる部分が多い
ヒンドゥー的な部分が中心となった大衆向けに
変遷した大乗仏教であり、しかも中国文化のフィルタを
通って更に変化したものが伝わっているということ
そのために、大事な部分で欠落しているところが
多くあることを知っていたら、説明が変わるだろうなと
感じるような内容でした。
そして、残念なのが、女人禁制について伝統という言葉を
つかって括ってしまっているところです。
女人禁制や入山禁制、神官以外立ち入り禁止などの
禁忌は、伝統ではありません。
長い間継承されてきたから、伝統として見えるだけです。
その部分を勘違いされている方が非常に多いのが
残念でなりません。
本当の禁忌は、神事であり、スピリチュアル的なものです。
そして、人を守るためのものです。
人を守る知恵であるといえるでしょう。
大相撲の土俵が女人禁制なのは、
土俵が神事によってスピリチュアル的に特別な空間と
なっているために、女性が立ち入ると
そのスピリチュアル的存在によって、
その女性に悪いこと(日本的には神罰ともいう)が
起こることがあるために、
女性は入らない方が良いということを知恵として
もっているということなのです。
したがって、伝統とは無関係です。
神事をおこなっていない土俵であれば
女性が入ってもまったく問題はありません。
当然、禁忌の中には男禁制ということもあります。
また一般人禁制ということもあります。
それぞれに、そのエリアにおける目に見えない存在に
対する無礼とならないように、
怒りをかって、悲惨なことにならないように
人を守るために示されている知恵なのです。
すなわち、リスクヘッジであり安全対策ということです。
禁忌は伝統ではなく、まさにリスク安全対策の知恵だと
いえるでしょう。
実際、禁忌を破って、最悪のケースで
神隠しと呼ばれるようにこの世界から消えてしまったり
事故や病気などで死んでしまうこともあります。

唯物的な考え方しか出来ないみなさんは、
迷信という言葉を使って否定するのでしょう。
しかし、それは利己的な欲望のための方便でしかありません。
もしかしたら、悪魔やバッドスピリッツに
コントロールされて、そう思わされているのかもしれません。

日本民族は、古来から自然と深く関わってきました。
その中で、自然の声を聞き、
自然の中のスピリチュアル的な存在の声を聞き、
それを知恵としてきたわけです。
それは、とても貴重で価値の有る知恵です。
禁忌は、まさに、そんな知恵のひとつです。
祖先から受け継がれている大切な知恵を
忘れていくことは、大きな損失であり、
とても不幸なことであるといえるでしょう。
禁忌について考えるとき、
それを、どのように考えるのか、
それは、みなさん、一人ひとりが、
自分自身で考えるべきことであり、
誰からも強制されることのないことです。
ただ、
そのアプローチの仕方で、
人生は変わっていくことでしょう。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 23:50| 静岡 ☀| Comment(0) | コラム:神の叡智から学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。