2020年05月28日

日本仏教とお釈迦様の教え???・・・・・

日本仏教とお釈迦様の教え???・・・・・

お釈迦様の教えとは、ダルマであり、
プラプッタジャウの教えであり、
アラハンへ至るための教えであるわけですが、
日本には、その教えの根本となる部分は
正しく伝わってきていません。
しかし、お釈迦様の教えが全く伝わっていないと
いうわけでもありません。
在家の戒めというべき部分の基本は、
伝わっているといえるでしょう。
ただ、お釈迦様の教えの根本は、
口伝ですし、その教えを受けるべき相手をみて
その相手に必要な内容を、
その相手がわかりやすいように
教えて下さっていました。
それらの説法を弟子たちが書き起こして
残されたものが伝承していったのが
表の仏教のベースとなっているわけです。
表の仏教は、国や時代、言語を隔てて
伝わるなかで変遷していきます。
何代もあとの弟子によって、
解釈が変わってしまったり、
弟子が自分の考えを加えたりして、
変化もしていっています。
他の宗教や市場の道徳などと融合したりして
変化もしていっています。
日本仏教は、
まず、お釈迦様の教えのながれの中から
大衆向けに簡略化された大乗仏教が生まれて
その大乗仏教が、中国語に経典が訳されてかわり
さらに、日本語に訳されてかわって
伝わってきたものということになります。
言葉の変化を複数経た上に、時代と場所の変化を
経た先のものとして、日本仏教は変わってきたものと
いうことになるわけです。
日本仏教は、大和朝廷時代から、武家時代への
世情の変化の中でも変わっていき、
江戸時代には政治に使われて変化していきます。
明治でも廃仏毀釈で変化し、
戦後の教育の中でも変化してきて、
現在に至っているわけです。
日本には本当の意味での三宝は無くなっていると
いってよいのではないかと思います。
でも、もっともベーシックな教えの部分は、
きちんと伝わってもいます。

五戒
不殺生戒(ふせっしょうかい)
- 生き物を殺してはいけない。
 =ベジタリアンライフ
不偸盗戒(ふちゅうとうかい)
- 他人のものを盗んではいけない。
不邪淫戒(ふじゃいんかい)
- 自分の恋人・配偶者以外と交わってはいけない(不倫してはいけない)。
不妄語戒(ふもうごかい)
- 嘘をついてはいけない。
不飲酒戒(ふおんじゅかい)
- 酒を飲んではいけない。
 =禁酒

十善戒
不殺生(ふせっしょう):むやみに生き物を殺さない
不偸盗(ふちゅうとう):盗みをしない
不邪婬(ふじゃいん):男女の道を外さない
不妄語(ふもうご):嘘をつかない
不綺語(ふきご):心にもない綺麗ごとも言わない
不悪口(ふあっく):悪口を言わない
不両舌(ふりょうぜつ):二枚舌を使わない
不慳貪(ふけんどん):欲張らない
不瞋恚(ふしんに):憎むことをしない
不邪見(ふじゃけん):間違った考え方をしない

十悪
身の三悪(正行)
殺生(せっしょう)‐ 無意味に他人や衆生の命を奪うこと
偸盗(ちゅうとう)‐ 盗みのこと
邪淫(じゃいん)‐ 不淫らな異性交遊のこと
口の四悪(正語)
妄語(もうご) ‐ 嘘をつくこと
綺語(きご) ‐ 奇麗事を言って誤魔化すこと
離間語/両舌(りょうぜつ)‐ 二枚舌を使うこと
粗悪語/悪口(あっく)‐ 他人の悪口を言うこと
意の三悪(正思)
妄貪/貪欲(とんよく)- 欲深いこと
瞋恚(しんに)‐ すぐ怒ること
邪見/愚癡(ぐち)‐ 恨んだり妬んだりすること

八斎戒
き基本的な五戒に3つの戒を加えたもの。
不坐臥高広大床戒
- 立派な寝具や坐具でくつろがない。
不著香華瓔珞香油塗身戒
- 化粧や香水、宝飾品などで身を飾らない。
不作唱技楽故往観聴戒
- 音楽や演劇等を為さず、故意に鑑賞しない。

斎戒
不過中食戒
- 正午から日の出まで、固形物を口にしない。

といった内容については、
お釈迦様の教えとして受け入れるべきものだと
いえるでしょう。
しかしながら、この戒めを守ることすら
現代社会では難しくなってしまっています。
本当ならば、大衆レベルで慣習として
守られているべき内容であるはずなのですが、
お寺でも守られていないものが多かったりします。
それが日本の現代の状況ということになるのでしょう。
しかしながら、
タイなどのお釈迦様の源流に近い教えを守られている
寺院が日本でもできたりしてきているので、
徳分を得ることのできる場も、
日本にも少しは存在しています。
ありがたいことだと思います。
ダルマの学びは、日本では難しくなっています。
しかし、縁があれば学ぶことも出来るでしょう。
その機会があったなら、
しっかりと学ぶことをお勧めいたします。
そのためには、少なくとも、教えを学ぶ師の指示には
従うことが必要です。
そして、上記の戒についても、
守って生活できるようにしていくことが大事です。
まずは、禁酒生活から、
そして、ベジタリアン生活を、
さらには、脱娯楽の生活へと、
歩んでいくことが大事になっていくでしょう。
難しいことですし、この世での幸せを求めるなら
大変なことでもあるでしょう。
ただ、どんな動機をもって、今の生を過ごして
いるのかということを問われるということなのです。
どの様な基準を根本において生きるのかと
いうことであるわけです。
私自身、出来ないことの方が多かったりします。
脱首都圏も実際に出来ていません。
それは、この世の柵から抜け出せない弱い心が
あるからです。
すべきことがわかっていても出来ない
そんな矛盾をもっているのが人間でもあると
いうことになるのでしょうか・・・・。
どんなに知恵があっても、お金があっても、
地位があっても、出来なければ意味はないし
価値もないということになってしまうのです。
お釈迦様やイエス様が歩まれた道の
偉大さを痛感させられます。
少しでも、ほんの少しでも、
近づいていくことができるように
祈りつつ、日々を生きていく、
そんな感じの中で、この世の出来事に悩みながら
生活している哀れな自分を・・・・・・・。
posted by 禁酒・禁煙・ベジタリアンのITコーディネータ 松原広幸 at 23:02| 静岡 ☀| Comment(0) | コラム:神の叡智から学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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